ミュゼルグード対ポライアーゼ

大艦巨砲主義!

第1話

 宇宙の暗い空間に、突如として空間が開かれた。

 空間が開かれる–––––彼ら、アストルヒィアの艦艇に搭載されているワープ機構、次元転移機構と呼ばれるそれは、文字として表現するならばこの表現が最も適しているだろう。

 空間が開かれて、稲妻が走る正三角形の開かれた先から、次々と艦影が姿を現していく。

 アストルヒィアの辺境警邏軍、または極地方面軍と呼ばれる艦艇に多く見られる、青を基調とする艦が多数、次元転移を終えて出てくる。

 そして、その奥よりひときわ大きな次元転移機構を用いて、他艦と明らかに一線を画す巨大な戦艦が姿を現した。

 アストルヒィア軍η級大戦艦。古代文明の遺産を携えたこの巨大戦艦は、アストルヒィア軍の中でも提督クラスの者にしか就役を許されない特別な戦艦である。

 艦名は『ミュゼルグード』。

 この辺境の宇宙を訪れたアストルヒィア軍提督、ミュゼルグードを預かる警邏艦隊司令でもあるアミュレットは、訪れた宇宙を眺めて疑問を浮かべた。


「? 敵艦は?」


 本来はこのような辺境に派遣される艦隊ではない。

 しかし、この宇宙に存在する別の勢力の機動艦隊がアストルヒィアの領域である渦巻銀河の辺境に進軍してきたという巡視艦からの報告を受け、ミュゼルグードの艦隊を率いて宙域に訪れたのだが、その敵勢力がどこにも見えなかったのである。


「提督、周囲に敵影確認できません」


「ん〜? いや、言わなくてもわかってるよ」


 オペレーターに何とも威厳に欠いた気の抜ける返答をする。

 オペレーターはそれに対して特に何かを言うこともなく、また索敵システムの画面に目を移した。


 これがミュゼルグードの普通の光景である。

 提督としての威厳に著しく欠けるが、付き合いの長い彼女の部下はそういう性格であり、また命を預けるに何のためらいも持たずに済む尊敬する相手であるということもわかっている。

 能力主義のアストルヒィア軍だからこそ、女の身でありながらアミュレットはこの若さで提督の地位にいるのである。

 童顔の上、普段のダラけた態度から実年齢より若い…というか幼く見えるアミュレットだが、これでも六十路に突入寸前である。

 声もアレなので、正直子供にしか見えないが…。

 見た目はこんなでも、言動はそれ以上に子供っぽい。

 甘いものに目がなく、転び方は下手くそで顔面をしょっちゅう打つし、いじわるすれば上官相手だと死罪になるこの行いさえも泣き顔になったり頬を膨らましたりするだけだし、それが非常にかわいらしいし、酒は一杯で酔いが回って倒れるし…。


 オペレーターは、索敵システムの中にあるべき敵だけでなくあるべき味方の姿もないことに疑問を抱く。


「提督、敵を確認した味方の巡視艦見えません」


「うーん、やっぱりかぁ」


 アミュレットもそのことは既に承知していたらしく、気の抜ける返答を返す。

 そして、はあ〜と溜息を零した。


「提督?」


「喉が渇いたのですか?」


「ココアをお持ちしましょうか?」


「お菓子など必要ですか?」


「昼寝であれば童話をお持ちしますが?」


「君ら僕を何だと思っているのさ!」


 アミュレットも流石にこれだけ言われては怒る。

 艦隊司令の椅子を立ち上がり、過保護な士官たちに向かって指を突きつけた。

 その顔はかなり赤くなっている。

 一方で上官を侮辱したことにより叱責を受けた士官たちといえば、背伸びをしている子供を微笑ましく眺める様な目を向けていた。


「コラー! 上官を少しは敬いなさいよ!」


(((ああ…可愛いなぁ…)))


「顔に出てるよ! 君らさ、何で僕のこと子供扱いするわけ!?」


 プンスコしても、子供の癇癪にしか見えない。

 女性士官の中でも小柄なアミュレットでは、ただでさえオーダーメイドではなく規格ごとに作成される提督の服はブカブカである。

 その格好もまた、アミュレットの見た目年齢を幼くしているのに一役買っていた。

 というより、精神年齢は完全に子供だろう。


 戦場になるかもしれない宙域には似つかわしくないやり取りがミュゼルグードの中で行われる。

 などと言いつつも、オペレーターは索敵システムをしっかりと監視しているし、士官たちもいつでも切り替えが効く様にしている。


 それを知ってか知らずか、敵は釣り上げられてきたアストルヒィアの艦隊に標的を定めた。



 アストルヒィアが勢力を築いている渦巻銀河。

 その外の宇宙に存在する、他の銀河からの観測でもそれが1つの大銀河として識別できていないほどの空前絶後の巨大な銀河がある。

 その名はクラルデン大銀河。

 直径1億光年にも登るこの銀河は、1つの大国によって統一をされていた。

 発祥の惑星から『トランテス人』と呼ばれている彼らは、周辺では最大規模の勢力圏を築き上げ、クラルデン大銀河より自らの大帝国をこう称している。

 帝政クラルデン、と。




「索敵システムに感あり! 次元転移の予兆を確認!」


 オペレーターの一言で、ミュゼルグードの艦内は一気に戦闘モードに切り替わった。


「第1種戦闘配置! 各艦にも通信、いつでも撃てるようにしておいて!」


「了解!」


 アミュレットの指示により、それまでの空気は鳴りを潜め、ミュゼルグードは慌ただしく戦闘態勢に入る。

 次元転移の予兆があるのは、艦隊の数千キロ先という近距離である。

 η艦の象徴でもある古代兵器を用いた主砲は、この距離では危険すぎて使用できない。


 急いで戦闘準備を進めるアストルヒィア軍のまえに、その敵は姿を現した。

 宇宙の何もない空間に、渦状の煙が生まれ、その中心が別の宙域とつながる。

 するとその奥から、煙を突っ切って無数のアストルヒィア軍の艦艇を上回る巨大な艦が次々を回転をしながら出現した。

 とりあえず何でもかんでも回さなきゃ気が済まないのかと言いたくなる、その特徴的なワープ機構、空間跳躍を用いる勢力は正体も未だに掴めない外宇宙よりの侵略者。


「艦種識別…」


「あれは、見ればわかるよ。帝政クラルデンのぐるぐる艦隊だね」


「ぐるぐる艦隊…」


 珍しくシリアスに振る舞ったつもりだったアミュレットであったが、オペレーターの一言がそのかろうじて繋げようとした威厳を壊した。

 便乗してしまったアミュレットの部下たちが、思わず押し黙ってしまう。


「ぐるぐる…」


「ぐるぐるとは…」


「渦巻きだけに…」


「ネーミングセンスも、子供…」


「ねえ、ちょっと! だれ、今僕のこと子供って言ったの!?」


 副艦長だとわかっている上で、副艦長に指をさして抗議をするアミュレットだが、その姿はどう見ても背伸びをするこどもだった。


「……………」


「…何なのその間は!?」


 その中で、発端だったオペレーターは普通に仕事をこなしている。


「アミュレットちゃん–––––失礼、提督」


「今ちゃん付けしなかった!? ねえ、君ら少しは僕のこと敬うつもりないの!?」


 オペレーターに文句の矛先を向けるアミュレット。

 敵が目の前にいる中ですら平常運転の彼らだが、その実信じられないことではあるが砲火を交えようとした瞬間に戦闘モード切り替わることができる。


 副艦長がアミュレットの元に缶を1つ持ってきた。

 糧食の一種の飲料だが、これは非常に甘い味をしている。

 アミュレットの好物でもあった。


「提督。まずは落ち着いてこれでも」


「おお、気がきくじゃん。エヘヘ〜」


「いえいえ」


 そう言いつつ、副艦長は頭を撫でる。


「ちょっと…何なのその手は」


 両手で缶を持って飲んでいる姿は、どう見ても子供で、頭も撫でやすい位置にあるためつい誰もが手を伸ばしてしまうのである。


「申し訳ありません提督。つい」


「つい!?」


 そしてオペレーターは通常運転。


「提督、敵艦より通信があるので応じます」


「待って! 許可まだしてないよね!?」


「提督、口が汚れています。お拭きしましょう」


「オペレーター! 通信待った! あと子供扱いするな!」


「モニターにだします」


「暴れないでください。ほら、服に溢れてしまいますよ」


「敵にこんな姿見せられるか!?」


 アミュレットの叫びも虚しく、副艦長に世話をされている子供にしか見えない状態でオペレーターによって回線が繋げられる。


 通信に出たのは、トランテス人特有の白い肌と羊のようにねじれた日本のツノを額に宿した強面の顔に傷のある大男だった。


「偉大なる、皇帝陛下の名において…は?」


 そして、堂々とした声を通そうとしたトランテス人は、画面越しの光景に思わずそんな声を上げた。

 それもそうだろう。

 目の前にいるのは、アストルヒィアの誇る弩級戦艦であるη艦に確かにつないだ回線。つまり提督階級にあるアストルヒィア軍の艦隊指揮を任されるような人物の映像のはずである。

 確かにアストルヒィア軍の提督の衣装を身にまとった少女はいたが、見た目に似合わずという可能性もあるものの、どう見ても年の離れた兄に世話を焼かれている子供がそこにいたからである。


 戦場に似つかわしくない光景を見せつけられれば、誰でもそうなるだろう。それがたとえ、好戦的で知られるトランテス人でも…。


 通信をつなげた先にいるのは、アストルヒィアの提督の座を与えられたであろう敵将である。

 どれほどの存在が出るか、闘争心に火をつけるに値するかどうか。

 それを自らの眼で確認しようとしたトランテス人は、映し出された敵艦隊の司令官のはずが、なぜか世話を焼かれている子供が出たとこに言葉も途中で途切れてしまった。


「こ、子供…!?」


 思わずそうこぼしてしまう。

 好戦的な戦闘民族の顔は、その強面からはかけ離れた困惑と驚愕の色に彩られて固まった。


 一方で、聞き捨てならないとトランテス人の言葉をアミュレットは具に拾い上げた。


「こらー! 今、子供って言わなかった!? 言ったよね、酷くない!? まず最初に子供とか、酷くない!?」


「提督ならば仕方ないかと」


「ココアに喜んでいる提督など聞いたことが…いえ、ここにいますね」


「提督、まずはココアを置いてください。ありもしない威厳がなお削り取られます」


「君たち、少しは上官を敬うことも覚えようよ! 僕、提督だよ!? 偉いんだよ!」


「そうですね。これでも提督なんですよね」


「我らの自慢の可愛らしい提督です」


「ロリッ娘は正義ですね」


「だがら、子供じゃ無い! お酒だって飲めるよ!」


「一杯で倒れますが」


「寝顔も愛らしいです」


「すみません、クラルデンの方。少々、お待ちを」


「…なんなのだ、こいつらは」


 あまりの拍子抜けな光景に、トランテス人は唖然となる。

 戦闘に来たのに、出てきたのは子供である。

 η艦の存在を聞いて脅威を感じたが、これはどういうことか?

 何なのだと言う以外に、言葉が思いつかなかった。


 だが、トランテス人が皇帝から受けた命令は、アストルヒィア勢力に対する威力偵察である。

 一戦もせぬままに本国に帰ることは許されない。


 敵は提督階級であり、敵艦はアストルヒィアの誇る弩級戦艦である。むしろこのような敵であれば労せずして手柄を立てることができるだろう。

 それに、子供にしか見えないアストルヒィアの提督は、よく見れば童顔ながらも可愛らしい外見をしており、戦利品としてはかなり上等なものと見えた。


 クラルデン艦隊の司令官は、通信を強制的に切る。

 ため息を深くついたトランテス人は、命令を出した。


「戦の時だ! クラルデンに勝利を!」


「「「「「了解ですクァンテーレポラス軍帥ジェレスト・ポラス!」」」」」



 クラルデンの艦隊が動いた。

 突然通信を一方的に切られたアミュレットは、その様子を見た直後に表情を引き締める。


「動いたよ。全艦戦闘態勢よろしキュ!」


 しかし、やはりアミュレットである。

 ここぞという場面でさえも、噛んでしまう。

 顔を真っ赤にする提督の姿に微笑みながら、彼らは手慣れた手つきで戦闘態勢を整える。


「全艦、戦闘準備!」


 クラルデン艦隊と、アストルヒィア艦隊。

 2つの勢力が、また今日も宇宙のどこかで戦闘を繰り広げる。







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