ゲームと現実
王都への旅は、この世界に来た時に初めて降り立った丘から一番近くの町までの旅とは比べものにならないくらい大変で、まさに冒険だった。
狼に襲われた事も一度や二度じゃない。ハエトリグサのお化けみたいな怪物に食べられそうになった事もある。一つ目の巨人、最強の食人鬼サイクロプスとの戦いは危険なんてもんじゃなかった。
出会い頭に現れたサイクロプスはセッカの倍近い身長があった。サイクロプスは本能なのかトキの
三人はそのスキに走り出し、何とか逃げ切った。
肩でゼイゼイと大きく息をしながら、セッカはトキに質問した。
「どうして殺さなかったの?」
「え?」
トキは驚いたような顔でセッカを見つめ返す。
「だって、生かしたままだとまた誰かを襲うよ」
セッカは、遊んでいたゲームの中では出会った敵は完全に倒す。たいていの場合、全滅させなければ先に進めないからだった。けれどこの世界に来てからこれまでに出会った敵は、最初の食人鬼を初めとしてすべて追い払ってきたし、今回のサイクロプスとの戦いではこっちから逃げ出してきた。
「地球の人間は、どうしてそう
オーバーなため息のしぐさとともにノスリは言う。トキも難しい顔をして、静かに言った。
「確かにサイクロプスは食人鬼だ。人を食べるから集落を襲うようなら退治もする。だけど創造主は、神様は不必要なものは創らない。食人鬼だって自然の一部だ。俺たちは、無駄な
言われてセッカは、両手を広げて全身を見る。
腕からおなかにかけて、まだ乾いていない赤黒い血がこびりついている。サイクロプスの返り血だ。そこからむせ返るような血の匂いが上ってくるので、それまでの興奮状態から一気に
「好んで命のやり取りをしようなんて考えない方がいい。左腕の傷、止血をしたら出発しよう」
そう言ってトキは消毒用の聖水を傷口に流しかけ、薬草で作ったとってもしみる傷薬を塗り込んで包帯を巻いてくれた。
その日の夜、久し振りに川のほとりで野営した三人は、これも久し振りで
「この前の町から六日…次の町まであと何日くらいなの?」
だいぶん冒険の旅に慣れてきたセッカは、器用に組み上げた野営用のテントにかけたハンモックで食べかけの魚を持って、ぶらぶらと揺れていた。
「二日くらいだよ」
今日の片づけ当番になっているトキは、セッカの傷がうずかないようにと痛み止めの
「二日かぁ…遠いね」
「だね」
セッカと一緒にハンモックに揺られていたノスリもうなずいて見せた。そこに出来上がった薬を持ってトキがやって来る。
「ただし、町に着くのは三日後にする」
「どうして?」
トキは、そばに置いてあった矢筒の中の矢の本数を確認しながらこういった。
「矢に余裕があるからさ。明日は狩りをしようと思っているんだ」
「殺生はよくないんじゃなかったの?」
「無駄な殺生はね。今、君が食べている魚は、君が生きるために殺した。違うかい?」
セッカは思わず、食べかけの焼き魚を見つめた。
「町に住む人たちは、自分で狩りをしたり作物を
「………」
「で? それと明日の狩りはどんな関係があるんだ? トキ」
ノスリが、小骨をつまようじ代わりにゲップをする。
「ハハ、俺も生きなきゃいけないからね。この辺は人に荒らされていないみたいで動物が多そうだから、ここで仕事をしようと思ってるんだ。捕った獲物を売って、必要な物を買うんだよ。セッカに新しい盾と剣が必要だしね」
「剣?」
セッカはハンモックを降り、
「うっわぁ」
「トキ、よく気付いたねぇ」
そう言いながら、ノスリも針の剣を調べる。
「最後の攻撃の時に変な音がしたんだ。剣の振り方が悪かったんだろう。本当ならしっかりとした師匠に基礎から稽古してもらうべきなんだろうけど…」
「トキが教えてくれればいいのに」
鞘に剣を収めたセッカは、残っていた魚を飲み下してちょっと苦そうな匂いのする飲み薬を受け取る。
「俺の剣も我流だからね。獲物にとどめを刺す時くらいしか使わないし…それに、最低限の事は教えたはずだよ、セッカ」
「え!?」
トキは含み笑いを浮かべて言う。
「二度とは教えない…って、言ったからね」
「うー、意地悪」
翌日の狩りはずいぶん楽しいものだった。
トキが優秀な狩人だという事は聞いていたけど、こんなに面白いように獲物が捕れるのかと思えるほどよく捕れた。セッカやノスリには全然判らない生き物たちの気配が、トキには判るらしい。愛用の弓につがえた矢をひょうと放つと、ウサギが捕れる。イノシシに命中する。
「トキ、このイノシシはどうやって運ぶんだ?
ノスリが、内蔵を処理していたトキの周りを飛びながら聞く。
「二頭も仕留められるとは思ってなかったんだ。きっちりさばいて売れない部位は捨てて行く。そのために日が沈む前にキャンプしたんだよ」
セッカは、獲物の処理に忙しいトキの変わりに焚き火を始めとした野営の準備を一人でする。
手慣れたものだ。
テキパキと準備を済ませると、剣の素振りを稽古をすることにした。トキが教えてくれたはずの剣の振り方をまったく思い出せないので、いろんな振り方を試しているのだ。剣を振ると怪我をした左腕が痛かったけれど、我慢できないほどじゃない。
トキは、穏やかな微笑みでそれを見守っていた。
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