4-4 魔法使い

 少年が手にしていたものを、飢えた獣にでも取り憑かれかのように乱暴に奪い取る。そして、その感触を噛み締めながら、まじまじと隅から隅まで取りこぼさず確認した。この違和感のない感触は、疑いようもなく、あの時失くしたものだった。


「俺の手記だ・・・。」


 吐息のように呟き、手記を、俺の手記を、抱きしめる。体の一部が戻ったかのように。


「あぁっ・・、あぁっ・・・・、レグルス・・・」


(もう二度と、離さない。レグルスとの大切な思い出が詰まったこの手記を。)



 ここに来て、初めて涙を流した。止まらなかった。止めようとも思わなかった。




 少年はそんな俺をニヤニヤと見つめ変わらず正座をしていた。

 すっかりこいつのことを忘れ、見られていたことに、恥ずかしくなる。




 しかしそこで、おかしなことに気がつく。そして少年の方へハッと身を起こす。


(なぜ、俺のものだとわかった…?なぜ、俺の名前を知っている…?)

 こいつとは一度も会ったことがない。その上、この手記は誰にも見せたことがないというのに。

(なのに…なぜ…)



 涙ではない、ひんやりとしたものが顔を辿る。




「お前は・・・、何者・・・なんだ・・・・?」





 目の前の少年は何を思ったのか。表情が陰り、おもむろに立ち上がる。そして、一歩一歩距離を縮め、残り一歩の距離で停止した。腰を曲げ、頭をこちらに下げてくる。先ほどのことが脳裏をかすめ、さっと額に手を当てた。今度は額同士がぶつかる、すれすれのところで目が合った。


 すると冷ややかな表情が一転、はちきれんばかりに興奮した表情をした。少年の瞳は、たくさんの星を吸い込んだ。少年はすっと息を吸い、口角を最大限に上げ、こう言った。




「僕?僕は魔法使いさ!」




 少年は<どうだ、すごいだろ!>とでも自慢するように。腕を左右いっぱいに開いた。瞳の星をいっぱいに輝かせて。





「・・・・はっ?」


(なんだ、こいつ)

嫌な予感はサーと引き下がり、腰が抜け、体勢が崩れた。



(俺、今夢でも見てるのか?)

天井を見つめ、そんなことを考えた。



 床に背が付く直前、腕を掴まれ<ワッ>勢いよく引き上げられる。体重が反転し、少年の方へ倒れてく。






「君に、魔法をかけてあげる!」






 星を吸い込んだあの深い瞳だけが、俺を支配した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る