1-3 冬


  パチパチと燃える焚き火の火が見える。今日は冬至だ。唯一の子供であるヘキはいつもと同じように頭蓋骨の焚き火越しの正面を陣取った。最年長の長の膝に置かれた頭蓋骨の仮面に火の赤色が反射する。イルは、仮面を外すことなくヘキとレグルスの間に座った。いつの間にか陽は暮れ暗くなってきている。ヘキはレグルスの語りにワクワクと胸を高鳴らせた。


「さあ、今宵の宴を始めよう。特に今日は冬至だ。いつもより特別な語り部となるだろう。これは遠い遠い、この国で起きた、この国の天燈祭にまつわる二人の少年の物語である。」


 ヘキはこれが実際にこの地で数百年前の起こったのだと理解するのは、もう少し先のことである。




 日が白銀の地面を照らしていた。トロとトカの二匹の馬と鹿は雪をかき分け、雪の中を元気にじゃれあっていた。彼らは賢いため、放しても必ず夜には戻ってくる。春から秋にかけて山々を転々とし、冬は点在する洞窟の一つに過ごす。ヘキは飛び出した腕に地面の石がひんやりとした冷気を感じて、身震いし毛皮の中へ引っ込め、まだ夢の中であった。


 隣で眠る少年を起こさないように、レグルスとイルは冬至の語り部が終わっても、囲炉裏の前で休むことなく昔ばなしに花を咲かせた。囲炉裏には粉を練り棒に巻きつけたサドゥを焼いていた。レグルスはそれを取り上げ瓶から味噌を塗り、再び囲炉裏へと戻した。イルはその光景とぼんやりと囲炉裏の火を見つめていた。香りを嗅ぎつけたのか、少年がもぞもぞし始めたのを察し、もうじき目を覚ますだろうと、イルは立ち上がった。



「あの様子ならあの子はもう大丈夫だろう。あと、あの子にこれを渡してほしい。レグルス、あとは頼む。」

 少年の前では一度も外さなかった仮面を外し、その男は同胞に心からの感謝を述べた。そして、頭蓋骨と呼ばれるレグルスは、その男から、一見なんの変哲も無い石を受け取った。


「あぁ。任せなそ。その名前で呼ばれたのは久しぶりだなぁ。じゃあ、またな。」

 日に焼けた、そのシワシワの顔は、年老いても昔の面影をはっきりと残していた。そこに気弱な少年の姿はどこにもなかった。

 鷲の装飾が施されたその素朴な仮面を、レグルスは受け取り、二匹の鷲の彫刻部分をシワシワの手でなぞり、遠い昔を思い出した。昔と変わらぬ姿の目の前の男を見つめた。はぁ、と重い溜息を吐き、最後の挨拶を告げた。レグルスは、これが最後の別れになることを悟っていた。


「あぁ、またな。おっちょこちょいのレグルス。」

 イルはニヤッと笑う。


 イルもまた、これが最後の別れになることを知っていた。レグルスの、シワシワの手を包み、目頭が熱くなるのを感じながら奥歯を噛み締めた冬の温度を溶かすように、二人は厚い抱擁を交わし、最後の別れを惜しんだ。洞窟を出ると、2頭の馬がその頭をイルに摺り寄せてきた。馬は人以上に感情を読むのに長ける。イルがもう戻ってこないことを察したのかもしれない。いつも以上にスキンシップが激しかった。


「もうお前たちだけになってしまったなぁ。トロ、ヘキの事頼んだぞ。トカ、レグルスによろしくな。」

鼻をなでてやる。鼻を鳴らし、暖かい白い息が顔にかかる。








「行ってきます。」


  二頭にそう言って、彼はフードを深くかぶり直して、キラキラと雪の結晶のようなものを残し、それもやがて消えていった。


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