第2話 葵のいない学校

 葵の葬式から1週間、和也は学校に通わなかった。


 4日間は、ずっと葵を同級生らの行動を観察していた。この観察でほぼ全員の性格や行動パターンを知り尽くした。


 残りの3日間は、家に引きこもって死に物狂いで復讐の算段を考え続けた。


 だが、時間が経つにつれて本当に復讐するべきなのか不安になって来た。


 葵をここまで馬鹿にしたあいつらに復讐できるのか?


 成功したところで何になる?


 葵の家族は一体どう思ってるんだ?


 考えれば考えるほどどうすればいいのかわからなくなってくる。








 あれから考え続けたが、結局答えは見つからず次の日を迎えた。


 葵のいない学校に通うのはこれが初めてだった。


 いない。


 いつも和也の横を一緒に歩いていた葵は、今はどこにもいない。


 もう会うことはできないとわかっているのに、ついつい探してしまう。


 今まで葵が使っていた靴箱には何も入っていない。


 教室の机も、葵が使っていた物だけ取り払われて、そこだけ空間ができている。


 数日前まで綺麗に整頓されていた葵の教科書などが入っていたロッカーも、今はもう空になっている。


 もう葵がいた形跡はどこにも残っていない。

 まるで存在そのものが消えて無くなったかのように。


 教室の隅にある和也の机は、落書きをされゴミが撒き散らされている。


 教卓の近くにいる女子生徒達がクスクスと笑いながらこちらを見てくる。


 彼女らが犯人であることは一目瞭然だ。


 かなり汚い机だが、気にせずに座る。


 この程度の事、葵が受けた行為に比べれば可愛いもんだ。


 制服の袖で隠した、腕時計をはめた手首をぎゅっと握る。


 吐き気がする程、彼女らへの殺意が湧き上がってくる。


 深呼吸をして、必死にどす黒い感情を押さえつけていると、後頭部に何かが飛んできて当たった。


 足元に落ちたそれは、ぐしゃぐしゃに丸められていた紙だった。


 拾い上げて紙を綺麗に広げる。


 A4サイズの紙の真ん中には、大きく葵の写真が印刷されていた。


「あ、ごめーん。ゴミと間違えちゃったー」


 紙が飛んできた方向には、葬式で葵が持っていた腕時計を盗んだ女子生徒の、関城 留美子がいた。


 彼女は、父親が国会議員をしている。そのせいか、彼女は父親のことを鼻にかけ、クラスの中では支配者として君臨している。


 葵を死なせる原因となった虐めの主犯の1人だ。


 その留美子の周りには、取り巻きの女子生徒達が彼女を取り囲んでいる。


 右から、柴 里美、石見 紀子、岩田 敦美、一ノ瀬 舞香、蔵野坂 弥生の5人だ。


 取り巻きの彼女らの親も、病院の院長や会社の社長などで結構な金持ちの家族だ。


 見た目も皆それぞれ美人で、これまでさぞかしちやほやされて生活してきたのだろう。


「あんたが学校来ないから私達かなり暇だったんだけど。玩具は毎日私達の暇つぶしとしてちゃんと来なさいよ」


 喋りながら近付いてくる留美子。


 そして、勢いよく和也の足を踏みつけた。


「次の授業終わったら屋上に顔貸しなさいよ」


 グリグリと足を踏みにじりながら留美子は言った。


 ああ、今日もまたあれが始まるのか……






 授業が終わり、和也は屋上に向かった。


 6階建ての校舎の屋上、そこは葵が死んだ場所でもあった。


 あまり近づきたくはなかったが、行く以外の選択肢は和也に存在しなかった。


 屋上の扉を開けると、呼び出した留美子達だけではなく、その彼氏達などのギャラリーが集まっていた。


「お、来た来た。せいぜい俺らを楽しませてくれよ?」


 1人の男が立ち上がってこちらに近付いてくる。


「まずは俺からな。歯ぁ食いしばれよ」


 そう言って和也の腹に膝蹴りを入れる。


「ゔぶぇっ!」


「ほらよ!もう1発!」


 苦痛に顔を歪める和也。その様子を携帯の動画で撮影する他の連中。


 それが彼女らの悪癖だった。


 自分達が和也や葵を虐めている時の映像をわざわざ残して、その映像を後で何度も視聴する。


「いい顔するなぁ。この前死んだ奴も同じような顔してたぜ?何なら見るか?」


 そう言ってポケットから携帯を取り出す。


「あの時死んだ女、名前何てったっけ?そいつもなかなか面白い顔してたな」


「もうそろそろ時間やばいじゃん。あと2分で授業始まるよ!早く戻ろ」


 留美子がそう言って階段を駆け下りていった。


 続いて他の連中も急いで教室に戻っていく。


 周囲に誰もいなくなると、ゆっくりと和也は立ち上がった。


 そして、ポケットからある機械を取り出してスイッチを押した。








 授業の合間の休み時間や昼休みに毎回呼び出されては、激しい暴力を受け続ける。


 やっと放課後を迎えた。


 放課後は、殆どの奴らが部活でいなくなり、休み時間中に撮影係だった取り巻きの連中が和也で遊ぶ時間だった。


 いつも、帰ろうとする和也と葵を別々の場所に呼び出しては、満足するまでいたぶり続ける。


 この日も、取り巻きの連中はいつものように和也を呼び出した。

 取り巻きの1人、柴 里美が


「あんたちょっと来てよ」


 と声をかけて肩を掴んでくる。


 しかし、この日の和也は違った。


 肩を掴んだ腕を即座に捻り、下から全力で蹴り上げる。


 突然の予期せぬ反撃に全く対応出来なかった里見の腕は、バキッという音をたて、ありえない方向に曲がった。


「ああああああああ!」


 悲鳴をあげて跪く里見の後頭部に、もう1発蹴りを入れて顔面を壁に叩きつける。


 鈍い音とともに、里見は崩れ落ちた。


 壁にはべったりと血が付いている。


 今日和也を呼びに来たのは、柴 里見、石見 紀子、一ノ瀬 舞香の3人。


 逃げようとする紀子の長い髪を引っ張り、仰け反らせる。


 上を向く形になった顔面に、肘打ちをくらわせる。


 仰向けに床に倒れこんだ紀子の顔面に、トドメのかかと落としを入れる。


 それで紀子は気を失った。


「い、嫌だ。来るな!」


 泣きながら後ずさりで逃げようとする舞香。


「あんたこれ以上近付かないで!これ以上私に近付いたら、あんたも葵みたいに殺されるわよ!」


 脅迫に出た舞香。


 舞香の発言を聞いた和也は、歩みを止めポケットからある機械を取り出し、ボタンを押した。


「は?あんた何持ってんのよ?」


 舞香に聞かれ、和也は一言も話さずにボタンを押した。


 ザァーッというノイズの後に、聞き覚えのある声が聞こえて来た。


『ああああああああ!』


 ノイズに混じって、なにかを激しくぶつける音も聞こえる。


『い、嫌だ。来るな!』


 その声は、舞香のものだった。


 舞香の声が聞こえると同時にボタンを押して、録音した音声を止める。


「あんたそれボイスレコーダー?」


「そうだけど?」


「一体何を録音したの?」


「今日のこと全部だ。屋上でのことも今ここでの事も全部な」


「あんたそれ早く消した方が身のためよ?この事が留美子にバレたらあんた大変なことになるわよ?」


 留美子を後ろ盾にして脅してくる舞香に対して、和也は再びボタンを押した。


 先程の続きの音声が流れ出してくる。


『あんたこれ以上近付かないで!これ以上私に近付いたら、あんたも葵みたいに殺されるわよ!』


「これお前らの親とか警察に言えばどうなるか、お前らの馬鹿な頭でも理解できるよな?」


「な、何でもするから!お願い、助けて!」


「わかった。俺の言う事に従っていたらお前だけは助けてやるよ」


 その言葉に舞香の心は動いた。


「何?何が欲しいの?金ならいくらでも」


「お前の携帯をよこせ。暗証番号も教えろ」

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