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 照子は真っ白なワンピースを着ている。(照子の隣にいる澪は清潔な白いシャツに白いズボンを着ている)照子の体は真っ白で、包帯も白色だ。ノートパソコンも、カセットテープレコーダーもイヤフォンも全部白色。片っぽの目の青色と側頭部の包帯ににじんだ赤色だけが、はっきりとした色彩を主張していた。

 照子は真っ白なワンピースの下の全身にも包帯を巻いている。照子の体はぼろぼろだった。

(それは夏に撃たれた銃の傷だけが原因ではない。様々な奇跡が起こったことによる幸運の反動のような、奇跡の代償の後遺症として支払われた代価のような重い怪我だった。

 たとえば、本来、超人の雛形である照子の体には、長い間、傷跡は残らない。でも、照子の側頭部の傷は照子が成長したあともなぜか残ることが検査によって判明している。それが残るということも、なにか奇跡の起こった影響が照子の体や、もしかしたら照子の魂にも、出ているのかもしれない。照子はその傷跡が残ることを自分の決意の証として喜んで受け入れているようだが、澪はその照子の消えない傷跡を見るたびに、まるで呪いのようだと思った)

 だから澪は地上に出るのはまだ早いと反対した。でも照子がそれを押し切ったのだ。

 澪は照子のぼろぼろの体を見て、それから照子の顔をじっと見つめて、(照子は覚悟を決めた表情をしている)澪は深いため息を一回だけついた。

「しょうがないな。……照子って意外に頑固だよね。仕方ないから、僕もそれに付き合うことにするよ」澪はにっこりと笑う。(人間に戻ったばかりの澪は今の澪とは少し性格が違っていたように照子には観察できた。それはまるで宿木澪と木戸澪、二人の澪が、自分はどちらが本物なのかを自分自身でも決めかねているようにすら思えた。照子の目から見ると、今の澪はどちらかというと照子のよく知っている木戸澪に近かった)

「ありがとう」

 そう言って、同じように照子も笑った。それはとても自然な笑顔だ。

 それから、二人は無言になる。

 自然と音楽が切り替わり、照子の耳に新しい歌が聞こえてくる。……優しい歌。綺麗な女の人の歌声だ。優しい歌が照子を深い(本当に深い)悲しみから救ってくれる。

 青色の空を見る照子の目には涙がにじんでいる。世界が霞む。……せっかくの光が、その水によって反射して、よく見えなくなる。実際に自分の目で太陽を見ることは照子の長年の夢だった。(でもそれは、あまり喜ばしい経験ではなかった。夢を叶える代償があまりにも大きかったからだ)

 ……瞬く閃光の中で、大量に溢れ出る光の洪水の中で、照子の青色の瞳が、涙に滲んで、きらきらと美しく輝いている。音楽を聴きながら雨森照子はゆっくりと空に手を伸ばす。まるで太陽を掴み取るように、強い光を放つその存在に向かって、照子は懸命に手を伸ばした。……光の中に『なにか』が見える。……だけど、その小さな手は、まだなにもつかむことができなかった。


 雨森照子は空に向かって手を伸ばす。

 その手はなにもつかむことはできない。

 空は果てしなく遠い。

 晴天の空の下。

 太陽の光がとても眩しい。

 眩しすぎて、もうなにも見ることができない。


 結局、照子の手は太陽には届かなかった。

 雨森照子はその輝く光の中に、幸せそうに笑っている二人の少女の面影を、(光の閉ざされた片っぽの真っ暗な瞳の中で、半分だけ見える本物の太陽の光と同時に)見ていた。

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