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「本当にやるの?」

 澪が照子にそう言った。瞬間、月の力によって生じる海の波のように定期的に押し寄せていた風が、少しだけ強い風となって丘の上を吹き抜けた。(本来、風が乱れることは、完全にコントロールされたドーム内ではありえない話だ。事故の影響で、もしくは深海を強制的に起動したことで、プログラムが故障しているのかもしれない)照子の白い髪がその風にばさばさと強く揺れている。とても綺麗だ、と、その髪の動きを見て澪は思う。太陽の光を反射するその真っ白な髪の輝きに、……少しだけ澪の目がくらんだ。

「やる。ぜったいにやる」

 照子ははっきりとした言葉と口調で澪に答える。声の発音と一緒に全身に力を強く入れたせいか、ずきっ、と側頭部の傷が痛んだ。(痛みで少し照子は顔を曇らせる)

 照子は左手でぐるぐる巻きの包帯の上から傷口の辺りを優しく押さえる。それは夏に銀色の拳銃で撃たれた傷を澪が緊急治療室で治療してくれた傷跡だった。(怪我は治っていないし、傷はまだ残っている。その傷跡はもしかしたらこのまま一生、残るかもしれない傷跡だった)

 手を離すと照子の真っ白な左手は少しだけ赤い色に染まっていた。地下の研究所に帰ったら、また包帯を新しいものに取り替えなければいけないだろう。

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