345 12月26日 朝 あなたのことが大好きです。

 12月26日 朝 あなたのことが大好きです。


 真っ青な気持ちの良い冬の空が上空に広がっている。その下にあるのは永遠とも思える緑色の大地。そこにある小さな丘の上に二人の子供が立っている。(その小さな丘は夏が遥を探し始めて、最初にたどり着いた目的の場所だった。そこは、遥の夢の場所でもあり、これから照子と澪が小さな家を立てる予定の場所でもある)

 一人は雨森照子。もう一人は宿木澪だ。 

 照子の顔には包帯が無造作な巻きかたでぐるぐる巻きにされている。左目は完全に隠されていて、頭の側道部にあたる部分の包帯にはうっすらと赤い血がにじんでいた。(包帯の巻きかたがシェルター室にいたときよりも雑になっている。それは包帯を取り替えるとき、今回は澪ではなく、照子が自分自身で包帯を巻きたいといい、実際に自分で包帯を巻いたからだ)

 照子はその手に一台のノートパソコンを大切そうに両手で抱えるようにして持っている。それは遥が愛用していた真っ白なノートパソコンだった。照子の隣では、澪はその手に地下のリュックサックの中から持ち出してきた夏のカセットテープレコーダーを持っている。カセットテープレコーダーのコードはぐるぐる巻きにされ、その先端にある予備のイヤフォンは(夏愛用のヘッドフォンは箱の中にしまわれている)耳に装着されていない。

 二人は空を見上げている。二人の青色と緑色の真新しくて美しい瞳が、太陽の光を受けてきらきらと、まるで磨き続けた宝石のように輝いていた。

 気持ちのいい風が世界の上を吹いている。その風が丘の上の(そして世界のあらゆるすべての)緑をゆらゆらと小さく揺らしている。

(……人工の風と、……偽物の世界。その風景を見て、照子はそんなことを思考する)

 照子はその場にちょこんと座り込むと手に持っていたノートパソコンを膝の上に乗せて、ゆっくりとその蓋を開いた。ノートパソコンの画面の中にはもう白いクジラは泳いでいない。白いクジラは悪い魔女にかけられた魔法が解けて、今は人間の男の子の姿に戻って、照子の隣に立っている。 

 澪は照子の隣に座ると、手に持っていた夏のカセットテープレコーダーの接続コードを遥のノートパソコンに繋いで、それから小さなイヤフォンを照子の耳と自分の耳に一つずつ装着してから、静かにカセットテープレコーダーのスイッチをオンにした。レコーダーにはきちんとカセットテープが入れられている。(夏が聞いていた途中のままで、カセットテープは止まっている)それはゆっくりと回転を始め、テープを巻き取り、小さな音で、世界の中に音楽が流れ始める。

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