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 遥は両手を夏の右手からそっと離した。それからゆっくりと歩いて、ドアを通り、もう一度、キッチンまで移動すると、ぱたんとその壁のほんの一部のスペースを回転させて、その背後にある隠し戸棚の中から、音を立てないように静かな動きで、銀色に光る小さな口径の可愛らしい形をした拳銃を取り出した。

 それは夏の持ち込んだ拳銃だった。遥はその銃を取り出すときに白い手袋を用意して、それを両手につけてから、銃を触った。(夏のリュックサックの中から銃を抜き取ったときも、遥は同じように白い手袋をしていた)

 それを遥は珍しいものでも見るように眺めて、(実際に遥が本物の質量を持った拳銃を見るのは、今日が生まれてはじめてだった)シリンダーを外して弾丸がちゃんと装填されているかを確認する。弾丸はきちんと入っている。(銀色の弾丸だ。おそらく特注品だろう)そこには夏の覚悟があった。遥はシリンダーを戻すと安全装置を外して姿勢を正して、その場で拳銃を撃つ真似事をする。それから標準を見て、それが狂っていないかを確認した。

 ……綺麗な銃。遥はその拳銃を見てそう思った。(まるで芸術品のようにすら思えた。実際にこの銀色の銃と銀色の弾丸は本物の銀で作られているのかもしれないし、銃自体も装飾品としての目的を持って作られた品かもしれない)

 これは夏が時間をかけて選んだものだろうか? それともなにか因縁のある拳銃なのだろうか? (夏がそういうことを気にする性格なのを、遥は知っていた)よく観察すると銀色の拳銃には小さく一つのイニシャルが彫られている。『H・S』。そのイニシャルは瀬戸夏でも木戸遥でもない。遥の知らない人のイニシャルだった。(偶然かもしれないが二人の名前と苗字の頭文字であるので、遥はそのイニシャルを見て、少し微笑んでしまった。もしかしたら、夏もこのイニシャルを見て、遥と同じことを連想したかもしれないと、遥は思った)

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