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 遥は左手に持った拳銃をもう一度確認する。これは夏が研究所に持ち込んだ拳銃だ。私はその銀色の拳銃を夏のリュックサックの中から抜き取って、それをキッチンの隠しスペースに隠していた。それは夏を守るための行動だった。遥は自分の犯行を思い出しながら、自分の昨日の真夜中の時間の行動を頭の中でトレースするようにして、再生する。

 ……遥は片方の手袋を外して、素手でその銃の表面に触れる。とくに変化はない。

 ……遥は次にもう片方の手袋も外して、両手でしっかりと拳銃を握りしめる。

 そのとき、突然、おそらくは素手で銃を触ったことで、『かちっ』と遥の中でスイッチが入った。

 そのスイッチが、かちっ、という音を立ててオンになった音を遥は自分の耳の奥で確かに聞いた。

 やっぱりきた。やっぱり私は逃げられなかった。高速で塗り変わっていく自分の内面の風景を感じ取りながら遥は思った。

 遥は武器を研究所の中に持ち込んでいない。包丁やハサミなど、凶器になり得るものも所有していない。できない。

 この瞬間まで、遥は生まれてから一度も銃を手にしたことがなかった。(たとえ手袋越しだったとしてもない)購入しようとも、所有しようとも思わなかった。もしそんなことをしてしまえば、真っ先に自分の頭を撃ち抜いてしまうかもしれないと思ったからだ。(その予測は当たっていた)

 銃を所有したら真っ先に自分の頭を撃ち抜いてしまう。(あるいはそれが刃物なら自分自身を切り裂いてしまう)それが怖くて武器を身の回りに置くことができないのだ。

 夏の拳銃を盗み出して隠したのも、夏を守るという理由のほかに、怖かったから、という理由もあった。

 衝動的に自分を撃ってしまいそうで怖い。

 遥はその銃を自分のこめかみに当ててみる。遥の手は震えている。怖い。自分を撃ってしまいそうで怖い。自分が死ぬことが怖い。この銃で夏を殺してしまうかもしれない自分が怖い。この銃で誰かを殺してしまうかもしれない自分が怖い。この銃で照子を殺そうとしている自分が、怖い。

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