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 うん? 夏の目が太陽の光の中に不思議なものを見つけた。それはなにやらぼんやりとした黒い影のようなものだった。なんだろう? 夏は疑問に思う。

 その間に影はだんだんと大きくなる。どうやら影は少しずつ夏のほうに向かって落下してきているようだ。時間とともに影の形がはっきりと見えてくる。するとそれは人の形をしていた。それは人影だった。そこに誰か人がいる。人が一人、空の中から落ちてくる。

 ……誰だろう? 夏は考える。

 最初、夏はその人影を見て、その影は瀬戸夏自身ではないかと思った。その影の正体は、空の中に消えてしまったはずの子供のころの夏自身なのではないだろうかと推測したのだ。その可能性はとても高いような気がした。空の中で、夏があの子のことを考えたから、それを同じ空の中で感じ取ったあの子が、わざわざもう一度きちんとした形を伴って、夏に認識できる幻想として、少女になった現在の夏に会いに来てくれたのだと思ったのだ。(夏があの子に会いたいと願っていたことも理由にある。ここは夏の夢の世界の中なのだ)

 でも、それは違った。夏と人影の距離がずいぶんと近くなったころ、夏はその人影の顔の形を認識できるようになる。その顔は夏の顔ではなく、木戸遥の顔だった。

 そこには遥がいた。人影の正体は昔の子供の夏ではなくて、現在の少女になった遥だった。少女は、瀬戸夏ではなく木戸遥だった。

 遥は目をつぶっていた。まるで眠っているように見えた。(……夢の中なのに、ふふ。変なの。夢の中でも遥はやっぱり変な遥だ)でも遥はすぐに目を開いた。そしてすぐに夏を見つけた。(見つけてくれた)

 遥。遥がいる。夏は思う。感動で胸の奥が震える。遥は夏と目があうとにっこりと微笑む。その顔を見て、夏はまた泣きそうになった。木戸遥が太陽の光の中から、空を飛ぶ夏のところまで降りてくる。遥が私に会いに来てくれた。わざわざ私に会いに来てくれたんだ。それが本当に嬉しかった。遥はゆっくりと夏のいる場所まで空の中を優雅に飛んで移動する。

 その空の飛びかたはとても慣れていて、初めて自分の意思で空を飛んでいる、初心者の夏とは大違いだった。

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