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「友達がほしかったの」遥の思考が少しだけ飛んだ。

「私がいるでしょ?」夏は即答する。

「夏に出会う前の話」遥は右手で水面に優しく触れる。

「ずっと一人だった。孤独に耐えられなかった。……一人が、すごく怖かった」遥は言う。

 夏は出会ったころの遥を思い出す。確かにあのころの遥には弱さのようなものを感じた。今のように強さを感じなかった。とても壊れやすくて、儚いもののような印象があった。孤独が天才を弱くした。友達ができて強くなった。夏のことではない。遥の中にいる友達とは、不本意だけど、照子のことだろう。

「人工知能で友達を作ろうとしたの?」

「可能性があった。この分野以外では無理だと予測していた」

 実際に人工知能を友達にしたり人工知能と結婚したりする人もいるらしい。夏も友達ではないが、人工知能の搭載された高性能な、本物と見分けがつかない機械仕掛けの子犬を家で飼っている。その子犬は、食事などはしない。電気で動いている。だから排泄もしないし、とても奇麗で衛生的。(……そして、なによりも死ぬことがない)いつまでも子供のままで可愛くて、とても人気のある商品だった。

 夏の子供のころからずっと同じ姿のまま。成長しない。変化しない。夏は今でも、その子犬のことをとてもかわいがっている。その気持ちは嘘ではない。でも人工知能の子犬と友達になろうとは、(子供のころとは違って)現在の成長した夏は思わない。なぜだろう? 本物の子犬と人工知能の子犬ではいったいなにが違うんだろう?

(それとも、もしかしたら違いがあるのは子犬のほうにではなくて、変化したその外見の通りに、世界を認識する主体である夏のほうに、その(認識の)変化の原因があるのかもしれない)

「シロクジラはすごい人工知能なんだよね?」

「生きている人工知能かな? 別にすごくはない。旧型のものでも、パワー勝負になったらこちらが負けるかもしれない」

「複雑な人工知能ってシロクジラのことじゃないの?」

「コンセプトは同じだけど、……少し違うかな? 生まれたばかりでまだ子供だから。きちんと経験を積んで成熟したら、もしかしたらそうなるかもしれない」うーん。なんだろう? またわからなくなってきた。

「……つまり浮気したってこと?」夏は自分の頭にぱっと思いついた概念を口にする。

「浮気じゃない」遥はすぐに否定した。


「……私、夏のこと大好きだよ」

 しばらくしてから遥が言った。

「じゃあ、なんでいなくなったりしたの?」夏は言う。

 だけど、遥はただ笑っているだけで、夏の質問にはなにも答えてはくれなかった。

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