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「シロクジラの話。したでしょ?」

「ここを管理してるプログラムのことだよね」水槽のようなディスプレイの中でいつも一匹で泳いでいる、あれだ。孤独な魚。孤独なクジラ。

「シロクジラには命があるの」その声に反応するかのように水面が大きく揺らいだ。思わず夏はボートの縁をつかんだが、遥はそれを予期していたかのように平然としていた。……思ったよりも、それは大きく揺れた。

「命? 生きているってこと?」

「そう。生きてるの」夏には遥の言っていることがよくわからない。シロクジラはプログラムの名前だ。プログラムに命がある? それってつまり、どういうことなのだろう? その言葉の意味が理解できない。

「人工知能だから、自意識があるように見えるから生きているってこと?」

「命ってなんだと思う?」

「わからない。考えたこともない」夏は正直に話す。遥に嘘をついてもしかたがない。

「人工知能はね。なんていうか偽物なのよ。人間のね」

 にせもの。人に似ているもの。人が作り出したもの。この場所に来てからずっと夏が感じていること。もう何度もそう思ったこと。人が作り出したものは人間を模倣する。……やっぱりよくわからない。でも遥が命がある、と言っているんだから命があるんだろう。遥の言葉というだけで、夏はそのすべてを信じることができる。それくらい夏は遥のことを信用している。(それと同じくらい自分のことは信用していないけど……)

 命をもっているプログラム。私の知っている人工知能とは違う物なのだろうか? 人工知能はとても頭が良くて、確かにとても便利な道具だけど、人工知能に命があるかと言われれば、私は、ないと答えるだろう。それはなぜなのか? 人工知能も思考をする。人間のように振る舞うこともできる。目隠しをされれば、本物と人工知能を見分けることはきっと私にはできないだろう。それくらい人工知能は人間に似ている。

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