40

 夏はリュックサックの中からお風呂セットとパジャマを取り出すと、それらを両手に抱えてバスルームまで移動した。遥はゆっくりでいいと言っていたけど、時間がもったいないし、シャワーだけでいいかな。お風呂には入りたいけど、暖かい湯船に浸かってしまうと、きっとまた眠くなってしまう。そのままぐっすり眠っちゃう。……それだけは嫌だった。

 夏がドアの前に立つとドアは自動で勝手に開いた。

 シンプルなデザインの真っ白なバスルームだ。機能性重視で無駄のない作りをしている。それなのに無駄としか思えないお風呂グッズがたくさん置いてある。人形のようなカエルの形をしたスポンジやあひるの形をしたシャンプーやリンス、トリートメントなどの入れ物、デフォルメされたお化けのボディーソープ、お魚の形をした椅子などがある。それがいかにも遥の趣味っぽくて夏はちょっと笑ってしまった。

 バスルームは大きく二つの部屋に分かれていて、そこには真っ白な脱衣所と真っ白な浴室がある。

 夏は脱衣所で着ていた服を全部脱ぎ捨てると、生まれたままの姿になって隣の浴室に移動する。白いカーテンを閉める。丸みのある楕円形のバスタブにはお湯がぎりぎりまで張ってあった。遥が夏のために用意してくれたお湯だ。夏は誘惑に駆られるが、最初の目的通りにシャワーだけを浴びることにする。

 夏はシャワーを浴びようとするが肝心のシャワーがどこにも見当たらない。あるのは大きな鏡だけだ。夏は浴室の中できょろきょろと周囲を見渡している。

 どうしよう? 今から遥に聞いてこようかな? 

 しばらく迷っていると突然上から雨が降ってきた。

 不思議な暖かい雨だ。

 夏はちょっとだけ微笑んでから、上を向いてそのまま全身に暖かい雨を浴びた。ここも自動なのか。便利なのはいいけど、シャワーくらい自分のペースで浴びたいもんだ。なんでもかんでも自動化すればいいというものでもない。

 一定の時間が経過すると雨は止んだ。

 夏はお魚の椅子の上に座り込むと、お化けのボディーソープとカエルの形をしたスポンジを使って、ごしごしと泡だらけになって全身を洗い始めた。雨は定期的な間隔で降り続ける。夏の視線の先では、たくさんの雨の水が排水溝の中に渦を巻いて飲まれていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る