童話
ユウ
第1話 人気のお山(仮)
ある山に、心優しい男が住んでいました。
男は貧乏だったので、おいしいぶどう酒を飲んだり、分厚いステーキを食べることはできませんでしたが、木の実を食べたり慎ましく暮らしていたので、生活に困ったことはありませんでした。
ある日男が木の実を探して歩いていると、大きくて真っ黒な、目つきの悪いクマに出会いました。
いつもギラギラした目で他の動物たちをにらんだり、時にはおそうこともある、大きくて怖いクマは、山の嫌われ者です。
男はゾッとしながら、そろりそろりとその場を離れようとしましたが、クマの様子がなんだかおかしいのに気づきました。
男が勇気を出してそっとクマに近づいて見てみると、足に大怪我を負っているのを見つけました。
近くの崖から落ちてしまったのです。
男はどうしようか迷いましたが、今一度勇気を振り絞って、クマに声をかけました。
「大丈夫かい?」
しかし、クマは黙ったままです。
「けがをしてしまったんだね?」
クマは鬱陶しそうに立ち去ろうとしましたが、けがをした足ではうまく歩くことができません。
これでは食べ物もうまくとれずに死んでしまいます。
かわいそうに思った男は、クマを助けてやることにしました。
毎日木の実や水、時には珍しい果物を運んで、寒い日には葉っぱをかけてやったり、雨の日には男の家にあったシーツを使って、テントを張ってやったりもしました。
そんなある日、男の様子を見た一羽の小鳥は彼を馬鹿にして言いました。
「そんなやつ、助けたって誰も喜びやしないよ。だいたいクマなんか助けて、お前に何の得があるというのさ」
きかれた男は、しかしなんの得も考えたことはなかったので、困ったように微笑むことしかできませんでした。
小鳥にはそんな男が、なんだかものすごくまぬけに思えて、ついには腹を抱えてピーチクパーチク、笑い出してしまいました。
「今度元気になったそいつが肉を食べたいと思ったら、目の前にウサギの子供がいたとしても、真っ先にあんたのもとに来るだろうよ」
そう言い残すと、小鳥は満足そうにさえずりながら、どこかへ飛んでいってしまいました。
ところでそうして何日も過ごすうちに、クマは少しずつ男に心を開いていきました。
最初は嫌がっていたけがの治療も、男が毎日塗ってくれた薬のおかげで、今ではすっかり元通りです。
クマは男に心から感謝しました。
「あなたのおかげで元気になりました。本当にありがとう」
男は少し照れながら、
「どうってことないさ」
と笑いました。
クマは男のことが大好きになり、自分も男のように優しくなりたいなーと思うようになりました。
それからクマは、他の動物をにらんだり、むやみに襲うことをしなくなりました。
巣から落ちたひなを助けたり、高い所になった木の実を採ってあげたり。困った動物を見つけては、その大きな体を使ってみんなを助けてあげるようになりました。
そして最後には必ず、「どうってことないさ」と笑うのです。
森の動物たちはみんな目をまんまるくしました。
いつの間にか大きくて怖いクマは、大きな優しいクマになっていました。
今やクマは森一番の人気者となって、毎日たくさんの動物たちに囲まれながら楽しく暮らしています。
その動物の中には小さなウサギの子供もいましたが、クマがウサギを食べてしまうこともなければ、男のもとに足が向かうこともありませんでした。
クマはみんなに、自分を助けてくれた優しい男について話しました。
けがを治してくれたこと、男のことが大好きになったこと、自分も彼のように優しくなりたいと思ったこと……。
話を聞いた動物たちは口々に男を誉め称えました。
「あんなに凶暴だったクマを助けたなんて!」
「きっとすごく勇気がある人に間違いない!」
「いやいや、クマにも負けないくらいの大男かもしれないぞ」
「その人に会ってみたいわ!」
動物たちの言葉を聞いたクマは、なんだかこちらまで鼻高々になって、みんなを男に会わせてやることにしました。クマは男のにおいを覚えていたので、すぐさま彼を見つけだすことができました。男は少し驚きましたが、すぐにいつものように優しい心をもって動物たちと接しました。男があんまりにも優しいので、クマ以外の動物もみんな男のことが大好きになりました。動物たちはクマを優しい性格に変えてくれたお礼だと言って、毎日様々な贈り物をしました。その中には大好きなぶどう酒と、頭を打って死んでしまった大きなイノシシもいたので、男は大喜びでいのししをさばき、ぶどう酒を、家にある最も上等な杯に注いで飲みました。それからも毎日男のもとには『贈り物』が届きましたが、彼は決しておごることなく、いつまでも謙虚に振る舞いました。
「ふーん。勇気を出して優しくしたら、こんなに人気になれるのか」
しめしめと思った小鳥は早速空から『困っている人』を探し、やがて大きな口を開けながらわんわんと泣くヘビを見つけました。
小さな小さな小鳥にとってヘビは天敵です。
ですがクマと男の話を聞いていた小鳥は、勇気を出してヘビに話しかけました。
「どうしたんだい?」
するとヘビは
「のどの奥にトゲが刺さって抜けないんだ。痛くて水も飲めないよ」
とこたえました。
小鳥は心の中で「やった!」と叫びました。
細いくちばしを持った小鳥にとって、トゲを抜くのはとても簡単なことなのです。
「かわいそうに、ぼくの細いくちばしでトゲを抜いてあげよう」
「本当に?ありがとう!」
小鳥はおそるおそるヘビの口をのぞき込みました。
「どこに刺さってるんだい?」
「もっと奥!」
「暗くて何も見えないよ」
小鳥がさらに身を乗り出した瞬間、パクリッ!と、小鳥はヘビに丸呑みにされてしまったのでした。
童話 ユウ @yu_dareka_tomete
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