第3話

向かってくる怪物にユニは魔法をぶつける。


氷の礫、雷撃、風の刃、火炎。


だが、怪物は意に介さない。赤黒く染まった固い皮膚が装甲のようにその身を守る。しかし、ユニの攻撃が通らないのはそれだけが理由ではなかった。


危機を理解する本能が身を守ろうと魔力を焚き起こす。一方で無意識のうちに理性と罪悪感がそれを止めようともする。以前は人であったとうかがえる怪物に対してどうしてもユニは本気になれない。


向かってきた怪物の攻撃を避ける。魔法使いにしては高い身体能力で紙一重に躱す。そして距離を置き、再び不発混じりの中途半端な魔法を怪物に浴びせ始める。だが、怪物は意に介さず向かってくる。


そうして何度も繰り返しているうちにユニの動きは鈍り始めた。もとよりまともに体を鍛えたことがないのだから仕方がなかった。


ついに怪物の突進をもろにくらい、受け身も取れず地を滑る。ユニは岩にぶつかった。岩は砕け粉塵が舞った。土埃を被りながらユニは立ち上がろうとする。


体に力を入れようとすると全身が軋むように痛む。ユニは嗚咽感を感じ、えずけば血の味が口の中に広がった。横たわったまま、流れ出る血を見ていると視界が霞みはじめた。瞼を開き続くのも億劫になりユニは目を閉じる。すると、まぶたの裏に仲間達の顔が浮かんできた。


ユニは自己の死を感じた。対立していた討伐隊が皆一様に笑みを浮かべて手招きをする絵が脳裏に浮かぶ。ケッツァルもそこにいるのかもしれない。目を開くと視界が赤に染まっていた。死が近いからなのかとユニは感じた。


「……ま、だ、死にたくな……」


駄々をこねる子供のように目の端に涙を浮かべて、ユニは歯をくいしばる。


ゆっくりと近づく怪物の姿がユニのもとまでやってきた。拾い上げた剣でユニの喉元を狙う。ユニの命は絶たれ、世界から希望は失われ、夥しい死が彼に続くと思われた。しかし、皮膚一枚を切り裂いた瞬間、ユニの眼が真紅に染まり、剣が折れた。


ユニは剥き身の刃を手で振り払うと、立ち上がり右の拳を怪物へと打ち込んだ。


信じられない速さで吹き飛ぶ怪物に、走り追くと地面へと蹴りつけた。間髪入れずに殴り続ける。


理性も自我も失ったユニは、狂気に満ちた笑みを浮かべながら怪物をいためつける。毛が逆立ち、額に血管がはち切れんほどに浮かび上がっている。先ほどまでとは別人のようだった。


その豹変ぶりと、突然の立場の逆転に慌てる怪物は距離をあけ状況を見定めようとする。しかし、いくら離れようとも逃げきれない。怪物を上回る速さでユニが追い詰める。その速さはとても魔法使いとは思えなかった。


怪物が無様に転んだ。すると、それを見下ろすユニは不敵に笑い怪物の足を指差した。


不可視の刃が、怪物の装甲のような皮膚を突き抜け、脚を断ち切った。


「——‼︎」


怪物は痛みに叫んだ。


戦況は決した。機動力を失った怪物には勝機はない。それは明らかだった。


すると、ユニの自我が戻った。眼も赤くはないし、狂気も感じられない。


ユニは我に帰り、目の前で横たわる怪物と血にまみれた自分の拳、そして薄っすらと残る記憶と光景を鑑みて、無意識のうちに自分がやってしまったのだと悟る。


怪物は何とか片足で立ち上がり、諦めずにユニへ飛びつこうとする。それを避けるのに、ユニはほんの少し体の向きを変えるだけでよかった。怪物が倒れこむ。しかし、また立ち上がり飛びつく。


怪物の眼から大粒の涙が零れおちる。悔しさのために鼻息荒くなり、呼吸が定まらない。


「ヴゥ——」


怪物はユニを睨みつけていた。だが、それ以外にはもう何もしようとはしなかった。ただただユニに恨むような鋭い視線を送っていた。


ユニはせめて楽にしてやろうと、殺人を犯すことを覚悟して魔力を起こす。最も効率の良い炎の魔法ではなく、風の魔法。風の刃をつくりだし怪物の首を切り落とした。


首はあっけなく地に落ち、転がった。


「……終わったのか」


ユニは小さく独りごちた。そして、せめてもの弔いをしてやろうとしたいに近づく。


怪物の死体が淡く発光している。しかし、怪我と疲労を負い、視界のかすんだユニは異変に気づけなかった。


ユニは離れた首と脚を拾い、体の元へと連れて行く。火葬するために、死体に油をかける。そして火をつくりだした。辺りを見回して、壮絶な戦いを振り返ったのち、点火しようと怪物の体に目をやる。しかし、それはすでに見当たらなかった。


直後、ユニの視界は暗くなり、意識が飛んだ。封印魔法をかけられたのだとユニが知ったのはそれから百年以上後のことだった。




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