ママは今日も忙しい(旧版)
栞
第1話 勇者はぱふぱふしている
昼下がりのリビングで、子供たちがテレビを観ている。
「勇者ワタナル、がんばー!」
無邪気な声を聞きつつ、ママは夕食の下ごしらえ。
ダイニングをはさんだ反対側のキッチンで、のんびりと玉ねぎの皮をむく。
そこへパタパタと軽い足音をたて、娘がカウンターの横から顔を出した。
「ママ、大変!! ワタナルが出てこなくなったよ!!」
「えー、なに? どうしたの?」
「なんかね、お姉さんがぱふぱふしてくれるんだって!」
娘の後ろから、息子も顔を出した。
「それでね、ずっと戻ってこないんだ」
「まあ、大変ね。このままだと、世界は魔王のものかしら」
他人事のようにママがつぶやくと、子供たちからは大ブーイングだ。
「「えー!」」
「それはダメだよ!」
「ワタナル、助けなきゃ!」
ママはあきらめて玉ねぎを置くと、手を洗った。
「仕方ないなあ。面倒だけど、勇者を助けに行きましょうか……」
「やったあ!」
ママは色々と忙しいのである。行くなら急がなくてはいけない。
「りゅうくん、リュック持った?」
「うん!」
「りりちゃんは水筒ね」
「持ってるよ!!」
お出かけ前の荷物チェックをしっかりと済ませ、ママは二人の手を握った。
「じゃ、行くわよー」
三人は手をつないだまま、テレビに飛び込んだ。
一瞬の電磁嵐の後、何事もなく地面に降り立つ。
でも、服装はいつもと違う。
ママは茶色い革のズボンに生成りのシャツ、おそろいの革のベスト。
りゅうくんは、シャツなしで素肌に真っ赤なベストと半ズボン。
りりちゃんはヒラヒラした薄いグリーンの膝丈ワンピースだ。
「で、勇者はどこ?」
いつの間にか杖を持ったママは、きりりとしている。
「あの部屋!」
「きれいなお姉さんと一緒に入ったの!」
「そっか、じゃあね、あなた達は、目を閉じて、お顔を隠して、下向いて……かくれんぼの鬼さんみたいにね」
「えー?」
「どうして??」
二人の質問に、ママは賢者のように優しく微笑む。
「ワタナルが変な格好してたら、困るからよ」
「えー?」
首をかしげながらも、言われたとおりに下を向いた二人を確認して、ママはさっと杖を掲げる。
「じゃあ、ドアを開けるよー! それー!」
ママが杖をふると、目の前のドアが大きく音をたてて開いた。
そしてその数秒後に、ママのため息が大きくひびいた。
「あーうん、二人とも、目、開けていいわ……」
どこか疲れた風なママの言葉に、目を開けた二人は部屋へと駆け込む。
「ワタナル!? 何やってるの!?」
「ママ、変なかっこって、あれ??」
「うん……、あれも変よね……」
部屋の中には、目隠しをしたワタナルが一人、椅子に座っていた。
両腕は背もたれと一緒に縛られている。
そして……。
なぜかワタナルの顔を挟むようにして、天井からぶら下げられた風船が2つ。
たぷん、たぷん、とワタナルの両頬に当たっては離れ、離れては当たり……。
「ママ、あれ、何が入ってるの?」
ママはちらっと風船を見る。中には白い筋がうねうねとしていた。
「そうね……、シラタキじゃないかしら……?」
「ふーん?」
りりちゃんは首をかしげ、りゅうくんがダメ出しをする。
「食べ物で遊んだら、だめなんだよ?」
「そうよね、じゃ、悪い子ワタナルは無事みたいだし、帰ろっか」
ママは全くやる気がなくなっていた。
「えー、りゅうくん、全然たたかってないよー!」
りゅうくんはそう言うと、ぷくっと頬をふくらませる。
「うん、今日は戦いはないみたい」
「そうなの??」
りりちゃんも少し残念そうだ。
ママはわざと明るく声を上げた。
「あ、いっけない! ママ、晩御飯作ってる途中だったよ。早く帰らなきゃ、クリームシチュー食べられないよー?」
りりちゃんとりゅうくんは目に見えて大慌てだ。
「わ、かえるかえる!!」
「シチュー食べたい!」
ママはにっこり笑うと、二人に手を差し出した。
「じゃ、帰ろっか!」
「はあい!」
「うん、シチュー!!」
三人は手をつないで、素早く姿を消し……。
「せめてほどいて行って下さい……」
誰もいなくなった部屋で、ワタナルの声がポツリとこぼれた。
ママは今日も忙しい(旧版) 栞 @Shiorin
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