第3話 首班

 菅義偉は、憂鬱な思いで髪に櫛を入れた。

 解散を直前に控え、電撃的に発表された「希望の党」の正式立ち上げ。そして民進党、自由党などとの全面合流。

 すでに情報はある程度つかんでいたものの、その動きの速さ、そして広範さは、今まで幾度となく選挙を経験してきた、この菅をしても予想しがたいものだった。


「失礼いたします」

「……ああ」


 総理執務室、菅の目にも、安倍晋三の焦燥は容易に見て取れた。


「官房長官――いや、菅さん。あなたは情勢をどうみますか」

「総裁のもとには、私なんかよりよほど正確な情報が入っておられると思いますが」

「しょせんデータはデータだ。私は、叩き上げの政治家・菅義偉の意見が聞きたい」


 そうですな――菅は数秒沈黙してから、


「非常に厳しいと言わざるを得ません。このまま勢いが続けば、我々の過半数割れもないとは言い切れません。ですが、勢いはそう続かないでしょう」

「なぜだ?」

「小池の最大の弱みは、『都知事』の椅子にあることです。小池が衆院選に出馬しなければ、結局首相になるのは民進党の連中。それでは、彼らの言う『政権選択選挙』としては弱い」

「なるほど。だが、逆に出馬しようものなら、今度は『都政投げ出し』だと批判を受ける」

「進んでも地獄、退いても地獄。この辺の中途半端さを突っつき回せば、いずれ『劇場』は自壊する、私はそう見ます」

「よし、この一点で行こう。進次郎を呼んでくれ」


 しかしその夜。テレビ出演した小池に、キャスターからの質問が飛んだ。


「さて、小池代表は今回の衆院選に出馬するのでしょうか。その場合、都知事としての職責が問題になりますし、もし不出馬ということですと、首班指名で誰を選ぶのか、という話になりますが――」


 小池はにっこりと微笑んだ。


「はい。出馬はいたしません」


 ここまで、この一件について立場を明確にしてなかった小池の言葉に、スタジオがどよめいた。


「その代わり、選挙後にある法律を改正してもらいます」

「法律?」

「地方自治法です。この第141条で、自治体の首長は国会議員を兼任することが禁じられています。しかし、フランスなどでは知事が議員を兼ねるということが、当たり前に行われている。そして、首相については、特段こうした兼職の規定はありません。つまり――」


 この一条さえ変えてしまえば、都知事であろうが国会議員になることができるし、首相になることも可能になる。憲法改正など、大がかりな作業は必要ない。


「ほかにもいくつか、引っかかる法律がありますので、これらの法律を改正した段階で、私は国政に出馬いたします。申し訳ありませんが、それまでは我が希望の党から、しかるべき方を首班として推させてもらう形を取ります」

「……!」

「改めて申します。私は今回の衆院選に出馬いたしません。しかしそれでもなお、この選挙が『政権選択選挙』であることに、一切の変わりはないのです」


 この放送を見ていた菅は、思わず手にしていた書類を取り落したという。自民不利の流れが、決定づけられた瞬間だった。

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