第5話 珈琲ブレイク

「珈琲でも入れましょうか」

と伊藤老人が言った。


「すみません気が付きませんで」

長瀬が席を立った。


応接のソファから数歩離れて珈琲を点てるテーブルがある。


「貴方もこちらへ来て下さい」

伊藤老人が沙希に声を掛けた。


「私、お手伝います」

沙希は長瀬の傍らに行った。


「一人で大丈夫ですから、座っていてください」

長瀬は少しイラついていた。


沙希はしぶしぶ瀬下の隣に座った。


「彼は20年も私の為に珈琲を入れてくれています。なかなか美味しいですよ。

豆も毎朝近くの輸入店が焙煎したものです」


珈琲の袋が破られ香が立ち込めた。

ガリガリと手動で豆を挽く音がする。


沙希がサッと席を立った。

「おじさん、やはり、私やります」


長瀬は、沙希のしつこさに負けてソファに戻った。

沙希の事を失礼な娘と思っているのか、憮然としている。


爽やかな酸味を帯びた香りがして、四つのカップとティーポットが運ばれてきた。


「ティーポットに珈琲ですか?」と伊藤老人が少し驚きを見せた。


「荒引にして茶こしに入れてます。フィルターだとさっぱりし過ぎますから」

そう言って沙希は、珈琲をカップに注ぎ、それぞれの前に置いた。


「伊藤先生からどうぞ」


伊藤老人は、珈琲の香りと沙希の所作の美しさから何かを感じ取っていた。


カップを口元に運んだ時、片眉を少し上げて沙希を見た。


一口で口元が緩んだ。

そして、含み笑いをしながらカップを置いた。


傍らで怪訝そうな顔をしている長瀬に、悪戯っぽく微笑みながら

「おい、飲んでみろ」と言わんばかりの素振りで促した。


長瀬は一口、二口と飲みながらカップの陰で眼を瞠っていた。


カチャとカップを受け皿に置くと、両手を膝の上に置き

「恐れ入りました」と沙希に頭を下げた。


伊藤老人が言った。

「長瀬には悪いが、こんな旨い珈琲は初めてだ」


「ほんとに」長瀬も同調した。


伊藤老人と長瀬は顔を見合わせて笑った。


「せっかくの美味しい豆ですから」

と沙希が言った。


沙希の珈琲ブレイクで場は一気に和んだ。




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