第3話 耳付きのサンドイッチ

翌日の日曜日、「宇宙から来た獣人」を調べる為に大学の研究室に陣取った。


「映画宇宙から来た獣人」は、全世界で上映禁止になっていた。


其れ故だろうか、ネットでは詳細記事、映像も一切見つからない。


処分の理由は、どのメディア情報も判で押した様な文面だった。


{ 宇宙から来た獣人は、ナショナリズムを煽り、移民排斥運動を助長させる。

獣人の姿が特定の人種の特徴をデフォルメした差別的表現・・・云々 }

である。


社会から厳しい仕打ちを受けていた。


しかし、社会正義を騙る権力は、歴史的にロクな事をしてこなかった。


「訳ありだな」


瀬下は、物事を俯瞰する。

そのひねた性格が、何か有ると感じている。


研究室に予期しない訪問者が来た。


「先生」

沙希だった。


一瞬、驚いたが期待の方が先だった。


「見つかったのか?」

沙希は首を振った。


「そうか、・・・しかし、何だその恰好は、・・・」

探偵アニメの可愛い探偵助手擬きのコスプレだ。


瀬下は笑った。


「先生の手伝いをしようと思って来たのに、何か探っているでしょ」

早紀はチョット膨れていた。


「ごめん、でも、どうしてそう思う?」


「判るわよ、昨日のあの顔見たら、眼が爛々としていたから、他の子に何事?て訊かれたわよ」

「研究者て、目的ができるとあんな顔するのね」


と話しながら沙希は、勝手にデスクの上をかたずけ、持参した小さな赤いバスケットからランチョンマット取り出し、その上に二人分のサンドイッチとカップを並べた。


その仕草の可愛らしさと手際の良さに呆気にとられた。


「ランチにしましょ、腹がへっては何とやらよ」

カップに小さなポットからお茶を注ぎながら早希が言った。


小さな作戦会議になった。

総て早希のペースである。


「で、あの映画、どこまで判ったの?」

早希は、小さな口でサンドイッチをエッジを齧りながら訊いた。


「パンの耳は、取らないんだね?」

と瀬下が訊いた。


「耳、嫌いなの?」


「いや、耳を食べない人が嫌いなんだ」


「そうですよね、耳を含めてパンですよね」

早希は明るい顔をした。


「この間、料理教室で先生と耳を取る取らないでもめたんですよ。私、最後まで抵抗したから赤点でした」


瀬下は、沙希の意外な強情さを知り苦笑いした。


「なに?」

沙希が笑いの意味を訊いた。


「沙希、さっきからタメグチだぞ、これでも一応なん講師だから」


「あっ、すみません」


神妙に謝っているかのようだが、嬉しそうだった。


「何?」

瀬下が逆に笑顔の分けを訊いた。


「名前、覚えてくれていたんですね」


「昨日、名札を見たからな」


瀬下は、サンドイッチに齧り付いた。


「旨い、これが赤点かぁ、その先生どうかしているなぁ・・・」


「でしょ」



サンドイッチを頬張りながら瀬下は沙希に説明した。


{ 宇宙から来た獣人は、15年前のフランス映画である。

高度な文明文化を有する友好的な宇宙人が、人類と共存する。

人類は、優れた宇宙文化に憧れ、自分らの文化を放棄して宇宙人化する。 }


「僕の記憶と昨日買った和訳の原作本それからネットからの情報だけど、

でもね、この和訳本と僕の記憶とでは内容に食い違いがある。

もしかしたら僕は、自分の記憶を改竄しているのかもしれない。

人間の記憶なんてそんな曖昧なものだから」


瀬下は、更に説明を続けた。


{ 原作は、フランス人エリック・サガン、

映画監督は、イタリア人マウリッチオ・ザンパリーニ、

ザンパリーニは、上映禁止処分を受けてから5年後、宇宙からの訪問者Xで一転して友好的な宇宙人を描きハリウッドで成功した。

一方、原作者サガンは再上映を求めて訴訟を起こした。

その結果、メディアからは、ナショナリストと非難され、サガンの原作は禁書となり、失意の果てに自殺した。}



「ザンパリーニて嫌な奴ですね」

と沙希がいった。


「人の心境の変化は珍しくもないが、ザンパリーニは、雨に打たれた負け犬の臭いがするね」


「雨に打たれた負け犬の臭い、ピッタリ、どんな臭いですかね?」


「パンの耳を切って100点を取った生徒の臭いだよ」


「それ言い過ぎです。友達もいますから」


「そうだね、ごめん」



早希はスックと立ち上り、腰に手を当てて瀬下を見下ろした。


「私、凄い情報持って来たんです。先生が知っているなら言わないつもりでしたけど」


「昨日、あれから店長に相談したんです。

そしたら配給会社の社長を知ってるて言ってました」


「その社長の情報、知りたいですか?」


沙希は瀬下の顔を覗き込んだ。


「ああ、是非」


「条件は、何ですか?」


「めし、・・・奢ろうか?」


「ダメです。私、自炊派です。」


「じゃ、そうだな、・・・・タメグチを許そう」


「それと、私を助手にして」


「・・・いいだろう」


「Un contrat est etabli」

契約成立、フランス語だった。


そう言って早希は携帯を片手に中庭に出て行った。


樹木が色付き始めた中庭を歩きながら沙希は電話していた。


「不思議な子だ、発音も完璧だった。偏差値の高い内の学生なら他にいなくもないが・・・」


そう思いながら残りのサンドイッチを食べ、お茶を飲んだ。

「旨い、本当に旨い、やっぱりあの料理の先生はどうかしてる。タレからして違う」


中庭の早希を見ながら瀬下は、別れた妻を思い出した。

「そういえば、耳を削ぎ落していたな、これが正式なサンドイッチだとかいって」


沙希が走って戻って来た。


「会ってくれるそうよ、店長が話を付けてくれました」


「ありがとう、いつ会える?」


「これから直ぐ、神保町よ、車持って来たから1時間もかからないわ」


「ええっ、・・・車、・・・持ってるの?」


バックパックに「宇宙から来た獣人」と筆記用具、タブレット、デジカメを放り込んで沙希の後を追った。

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