正義の味方(2)

 休日。

 夜、家で5歳を迎えた息子を膝に乗せて、二人でテレビを見ていた。


 次の番組が始める前の短いニュース。

 テレビだったら何でも見るのか、息子は食い入るように画面を見つめていた。


 とある凶悪事件が解決し犯人を護送する刑事達を、マスコミが囲む様だった。

 それは、私が最後まで解決に関わることができず、逮捕現場に居合わせることなく、警察官人生で心底挫折した事件。


「この犯人、パパが捕まえたんでしょ?」


 無邪気な彼は振り返り、憧れのヒーローへ握手を求めるような、真爛漫らんまんとした目で私を見ていた。

 

 捜査情報は解決するまで、例え家族であっても秘匿を徹底せねばならない。

 無垢な彼が知る由もないないはず。

 何故、彼が捜査していた事件を知っていたか、息子を寝かし付けた後に解った。

 

 捜査で家に帰れない私に不満を漏らした息子を諭す為、妻が「パパはテレビで見る悪い人を捕まえて、ママ達やお友達を守るヒーローなんだよ」と話していたそうだ。

 彼がニュースで指した事件は、たまたま私が過去に関わった事件だっただけというオチ。


 刑事部にいた間、職務が終わり家路へ着くのは息子が寝ついたころの時間で、彼からすれば朝起きた、ほんの数時間しか顔を合わせる機会がなかった。


 数週間捜査が続くとたまに、息子は私の顔を忘れているかもしれないと、勘ぐってしまうことすらある。


 それからというものの、胸の奥から釜が沸騰するように熱さが込み上げ、日に日にいても立ってもいられなくなった。


《刑事に戻りたい》


 上司に何度もかけ合い、長い月日を経て人事部との面談にこぎつけた。

 だが一度挫折して刑事は使い物にならない。

 面談を担当した警察官は刑事部への復帰に難色を示した。


 だが「断じて行えば、鬼神もこれを退く」

 腹を据えた人間の熱意は、誰にも阻むことは出来ない。

 熱量に任せて口を開いていたので、発した言葉は空回りしていたことだろう。


 仲間の警察官を厳正に査定する人事部も、血が通わないほど冷徹ではなかった。

 人事担当は「ある部署が人を欲しがっているから、職務に当たってみなてはどうか?」と進めた。


 刑事部では無いもの、捜査現場の最前線に立つことが出来る業務だと説明する。


 それが現在いる捜査共助課の見当たり班だ。


 顔認識システムやAIの発達により、目利きで犯罪者の顔を特定する技術は、もはや時代遅れだ。

 だが、その卓越した知識と技術、功績は今だ機械ですら凌駕できない神業。

 何より見当たり刑事が後継者を育てたいと、切に願っていた為、まさしく渡りに船。

 二つ返事で返した。


 見当たり班は刑事ごっこが出来るほど、甘い部署ではないことは従順承知だ。

 しかし、一度席を空けた身で再び捜査の現場に加われるのは、この上ないチャンス。



 ただ憧れだけで警察官を選んだ時とは違い、常に身を案じて共に成長と時間を過ごしたい家族がいる。

 息子へ「パバはみんなを守るヒーローなんだぞ」と胸を張って言い切りたい。

 単純明快。


 阿南警部補のけったいな顔を隠すように、あの日見せた息子の顔が浮かび、答える。


「正義の味方になりたい……ですかね?」


 阿南警部補は落胆し叱咤する。


「お前は小学生か? そんなんじゃ、いつまで経ってもあまちゃんだぞ。こっちも、ひよっこの面倒はゴメンだからな」


「お叱りごもっとも……なので、厳しくご指導願います」


 先輩刑事へ深々と頭を下げた。

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ミアタリ【捜査共助課見当たり捜査班】 にのい・しち @ninoi7

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