正義の味方(1)
勤務時間の何気ない合間。
こういう質問は組織の通例なのか、それとも知らない内に何かの面接が始まっているのか、阿南警部補は寸暇を消化するように聞いた。
「お前なんで
確かに刑事職というなら、
故に答えに悩むところだ。
絶対この場所でならねばならない理由――――。
小学生の頃に見た刑事ドラマの警察官が、とにかく格好良かった。
本気で警察官を目指した結果、自分はこの場所にいる。
大学を卒業し警察学校を経て巡査を拝命し奉職に付く。
朝は先輩方より早く署へ出勤し
交番に付くと”一勤ニ休”の制度でシフトへ入る。
早い話しが一日働いたら二日休みになるわけだが、犯罪に24時間目を光らせる警察が、そんな甘い訳がない。
交通の取締、通勤ラッシュの痴漢、空き巣被害の対応、変死体の検視と目まぐるしく時間が過ぎる。
事故や暴力事件が起きればチャリで全力疾走して、応援に駆けつけなければならない。
日が落ちれば夜特有の事案が発生。
補導、暴漢、火事、
どれも面倒な物ばかり。
他にも痴呆症を発症し夜道徘徊するお年寄りの補導。
一週間後にはまた同じお年寄りを補導する。
更に緊急で応援連絡があれば、晩飯をおあずけして駆けつけ、深夜の勤務となれば仮眠を必要とするが、トラブルは容赦がない。
緊急連絡の無線で叩き起こされ、徹夜を余儀なくされる。
早朝を迎え職務も終わる目前で被疑者逮捕の一報があれば、報告書の作成でまた徹夜。
四季折々の事案にまいってしまうが、現場での仕事ぶりが認められ、巡査部長の昇進を機に、署轄で念願の刑事部強行班係へ異動になった。
そこで待っていた刑事の現実はケタ違いの激務。
刑事課のストレスは肉体的にも精神的にも、苦痛に次ぐ苦痛だった。
5、6人で班編成を組んで地取りと聞き込みに繰り出すが、どこの捜査班もまともに人数が揃ったことがない。
大概は長時間の激務に耐えきれず、病院送り。
四日、五日、まともな睡眠を取らず休憩なく朝から夜まで駆けずり回った挙げ句、体力が底を付いて居眠りしようものなら、班長や諸先輩方に「お前は刑事に向いてない」や「やる気ねぇなら今すぐ警察辞めろ」と、激が飛ぶ。
方や安定した人数で職務に殉じれば、他の班から「お前の班はいつも同じ顔ぶれだが、仕事しないでサボってんのか?」と嫌味を言われる始末。
署の道場で雑魚寝し家の布団より、泊まり込みの布団の方が夜の友となる。
事件が解決すれば裏を取ったり、上司や裁判所へ提出する書類作成に忙殺され休みは返上。
事件続きで一ヶ月ぶりに、まともな公休をもらっても、緊急招集で一日待たずして出動。
心も身体も疲弊仕切ってしまう。
案の定、例外なく自分も病院送りになった。
これほどの苦痛を乗り越え、刑事職をまっとうする人間には頭が下がる思いだが、同時に嫉妬と恨みが付きまとう。
復職しても、そう簡単に戻る場所はない。
刑事という集団は、言うなれば狼の群れ。
付いてこれない狼は容赦なく追い出し、群れの中へ戻ろうとしても追払う。
壊れた警察官が署の|詰め所で、一度空いた席へ再び座ることは至難の業。
犯罪捜査の最前線に付いていけない自分が情けなくなり、警察も辞めようと考えた時期もある。
家族サービスもろくにしてやれなかった。
配置換えの時期になると、定時刻で上がれる事務方の部署を希望した。
朝出勤して仕事に追われるも昼食を悠々と食して、夕方過ぎた頃に退勤。
家に帰り夜は息子の宿題を見てやり、妻と揃って晩御飯を食べた後は、息子と一緒に遊んで彼が寝付くまでベッドの側に寄り添う。
安定した人生だ。
このまま……そう、このままで良い……このままで――――。
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