被疑者の声(2)

 写真を受け取った小山内は、老刑事のアドバイスに不信感を頂きながらも、この、見当たりの風雲児とも言える、阿南警部補の考え方を理解することで、見当たり捜査の極意を身につけられるなら、試す価値はあると思った。


 被疑者の顔写真と目を合わせる。


 頬はこけ、皮が垂れて、口周りのほうれい線が濃く刻まれている。

 髪は薄く白髪が目立つ。

 垂れ下がった目。

 撮影時の証明の具合だろうか、瞳は真っ黒に濁って見えた。


 犯罪に手を染める人間は、同じような目をしている。


 逮捕されたことによる、警察への恨み。

 逮捕される原因となった、自身の落ち度。

 そして、人生の後悔と諦め。


 どうして……この被疑者は手を汚したんだ?


 確か、この被疑者の名前は――――

 

               吉田・正生まさお

 

 何年も前から、窃盗や暴行などの罪で、警察に捕まり、刑務所にも入ったことのある男だ。


 正生…………親は、どういう意味で名付けたのだろうか? 

 正しい生き方? それとも、物事を正す生き方だろうか?

 自分の名前と、相反する生き方に、お前の親や家族は、どう思っているか、考えことはあるのか?


 何でもいい。

 人生の後悔。

 家族の心配。

 警察への恨み。

 私の問いに、何か答えてくれ……。


 小山内が写真に集中し、周りの世界から考えが隔絶されようとした時、阿南警部補の声で、集中力が途切れ、現実に呼び戻された。


「どうだ? 聞こえてきたか?」


 小山内は、自信の無い、細い声で答える。


「はぁ……何となく……」


 的を得ない回答に、阿南警部補から激が飛ぶ。


「バカやろう! 写真が語る訳ねぇだろ? 適当こきやがって!」


 老刑事の思わぬ答えに、小山内巡査部長は、煮え湯を飲まされた気分になった。


 阿南警部補に目を移すと、いたずらに成功した子供のように、満面の笑顔を作る。

 彼の顔面に寄せたシワ自体も、笑っているように見えた。


 おかしい……。

 ”騙されたと思って、やってみろ”、と言われので、やってみたが…………

              

 本当に騙された。


 もてあそばれた小山内は、不服に思いながらも、一瞬でも、口車に乗せられたらことを恥じた。


「……すみません」


 阿南警部補は、巡査部長から写真を取り上げると、指で写真をなぞりながら解説する。


「いいか? 顔はいくら年取っても変わらねぇ場所かあるんだ。どこだか解るか?」


 小山内は、一時いっとき、悩んでから答えを見つけると、答える。


「骨格……ですか」


「違うな」


 あっさりと否定され、小山内は苦虫を噛む。


 老刑事は続ける。


「骨格には筋肉や脂肪が付いているから、太れば骨格の形は隠され、筋肉が衰えれば、過去の顔とは印象が変わる」


 納得する小山内に、警部補は答えを提示した。


「正解は、目の大きさ、耳の形。コツは、それを覚えて、一つの顔として見るんだよ」


「耳と目……ですか?」


「いいか? 耳は指紋と同じで、二つとして同じ形は無い。そして、白目と黒目の比率。これが決めてなんだ。どうだ。解るか?」


 1回騙されたこともあり、小山内巡査は、半信半疑になりつつも、再度、被疑者の顔を見つめる。


 ――――――――全然、解らん。


「阿南さん…………わかりません」


 老刑事は、巡査部長の肩に手を置き、からかうように言う。


「お前さんは、まだまだ、あまちゃんだな」


#110 #110 #110 #110 #110 #110


 それから、2日後。

 見当たり捜査の努力が実り、駅周辺にて、犯人の顔を確認。

 追跡し、住宅地に移動したのち、忍び込んだ家から、出てきたところに、職務質問をかけ、空き巣の現行犯で逮捕した。

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