被疑者の声(1)

 捜査共助課とは――――。

 殺人や誘拐、規模が大きくなる事件など、事件が起きた管区の警察署と県警本部や、警視庁との連絡を取りつなぐ役割を持ち、尚且つ、捜査活動に置いては、後方支援、または指名手配犯の捜索を行う部署である。


#110 #110 #110 #110 #110 #110

  

 埼玉県の南部に位置する新座市。

 豊かな水田が築かれ、今でも、その名残が垣間見れる土地。


 その中でも、焼畑農業が行われいた地域を開拓し、都市開発が進んでいるのが「野火止」である。


 新座市野火止の中心部にある、平林寺の広大な雑林から、平林寺大通りを北東に進み、新座市市役所より先、約550メートルの通り沿い位置する、三階建ての箱ビル。

 縦向きへ、長方形に切り取られた入り口が特徴的な、


 「新座警察署」


 周辺に高い建物がなく、日当たり良好な同警察署は、1984年11月1日、朝霞警察署より分離し、県内36番目の警察署として開設。

 警察署へ、手続き更新等で利用する来客も、警察職員の丁寧な対応に、舌鼓している。


 新座警察署、会議室。

 朝10時。

 ホワイトボードの前に置かれた、縦長の会議テーブルには、5人の警察官が着席して、ボード前で班長の説明を、熱心に聞いていた。


 皆、シャツやトレーナー、ジーパン、スラックスなど、覆面捜査に差し支えないように、私服に身を包んでいる。


 今日の捜査範囲の割り振りを決め終わると、改めて、手元に5枚並んだ、被疑者の写真に目を落とす。


 前の部署にいた時は、捜査する被疑者の顔を2人か3人、頭に記憶すればよかったが、ここでは、覚える被疑者の数は倍以上。

 事件ごとに関わる、被疑者の顔を覚えなければならない。


 10件の事件があれば10人の顔写真。

 複数犯なら、10件に対して15人や20人。

 年月が過ぎれば、1人の顔写真に、髭が生えたモンタージュや髪型が変わった時のモンタージュ、シワが増えた時のモンタージュと、日が立つにつれ、覚える顔写真は増える一方。


 消沈していると、肩に手を置かれて驚く。


 別段、この場で、以外な人物に出会う訳もなく、振り向くと、M字に後退した頭皮に、キツネのような、目じりの尖った老人が、不敵な笑顔を見せていた。


 阿南警部補は様子を伺う。


「どうだ? ひよっこ?」


 しばらく行動を共にすると、親しみから、妙なアダ名を付けられることがあるだろうが、私の場合、これなのだ。

 

 配属されたばかりの若手なので、妥当な命名だろう。

 しかし、呼ばれる身としてはネーミングセンスの微妙さに、苦笑せずにはいられない。


 しかも、様子を気にする時は「ひよっこ」と呼び、仕事で失敗すると「あまちゃん」と揶揄する。


 それでも、今の心の内を誰かに知ってほしいと思い、小山内巡査部長の口は、自然と言葉を漏らす。


「私、これでも記憶力には自信があったんですが、ここに来て、ちょっと落ち込みますね。見当たり班の方達は、どうやって覚えているのですか?」


 阿南警部補は小慣れように答える。


「苦労してんな? 被疑者の顔写真を覚えるコツはな。被疑者に語りかけるんだよ」


「語りかける?」


 眉をしかめる小山内巡査部長に、阿南警部補は返す。


「おうよ。まず、写真を眺めるだよ。それでな……」


 阿南警部補は、デスクの上に置かれた、5枚の被疑者の写真から、1枚を取り、真っ正面から真剣な眼差しで、被疑者の写真と向き合う。


 彼の口は静かに語りかけた。


「……お前は今、どこにいるんだぁ……家族はいるのかぁ。親は元気かぁ。何で、悪いことしちまったんだぁ……てな」


「はぁ……」


 しかし、目の前でも実演されも、すぐには飲み込めない。


 阿南警部補は続ける。


「するとな、不思議と、被疑者の方から語りかけて来るんだよ」


「被疑者の顔写真からですか?」


「あぁ~あ、そうだよ」


「いやぁ~……」


 得意げに返す、老刑事の助言に、小山内は抵抗を示す。


 阿南警部補は、こちらに写真を差し出す。



「騙されたと思って、お前もやってみろ」


「はぁ……」

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