見当たり
小山内の隣で、風格を漂わせる
もうすぐ定年を向かえる老刑事だ。
噂では、1秒間に10人の顔を、見比べられる技術を持っている。
あくまで噂なので、信憑性はないが。
しかしながら、歳とは関係なく、昔かたぎの刑事で頑固な性格。
それゆえに、付いて行くだけで辛労が絶えない。
小山内巡査部長は、彼に付いて2ヶ月になるが、この老刑事との付き合い方に慣れず、手探りで、彼との付き合い方を模索している。
「阿南さん…………まばたきしてますよね?」
阿南警部補は喉を鳴らして答える。
「俺はしてねぇよ」
「してましたよ」
警部補は、通行人から目を離さないまま、舌打ちをして返す。
「うるせぇなぁ~。まばたきしないと、目が乾いちゃうだろが? てか、お前、俺の方を見るな」
「
「そうだよ。解ってんじゃねぇか」
見あたりの刑事達は、ひたすら過ぎゆく人々に目を凝らし、頭に叩き込んだ、指名手配犯の人相と照らし合わせる。
ホクロの位置。
唇の厚さ。
目の大きさ。
これらの特徴を、一瞬で見極め、容疑者かどうか、判断せねばならない。
すると、ある一点に目線を奪われ、釘付けになる。
潜めた声で、警部補を呼ぶ。
「阿南さん。阿南さん!」
「見つけたのか?」
「1時の方向。見てください」
阿南警部補が目線を移したのを見計らい、小山内は言う。
「女優の『のん』ですよ!? ほら、朝ドラに出てた。のんちゃん!」
思わぬ発見に、巡査部長が小さく歓喜していると、老刑事は低く唸るように言う。
「…………おい」
こちらに目を向けた警部補は、厳しい眼光で咎める。
小山内は襟を正す。
「はい……
巡査部長は、激が飛ぶことを恐れ、血相を変えて目線を人の流れに戻す。
たが、以外にも返って来た言葉は、
「俺も見てぇ。どこにいるだよ?」
「はい。自販機の辺りです」
小山内巡査部長は即座に答える。
眉をつらせて、警部補は聞く。
「どこだよ」
「ほら、あそこ。あ! 行っちゃったなぁ……」
「適当こきやがって、本当にいたのか?」
阿南警部補は、落胆すると同時に、舌打ちする。
気まずい沈黙が、空気をよどませると、小山内巡査部長は何かに気づき、再び阿南警部補に声をかけた。
「阿南さん。阿南さん!」
「今度は何だ。アイドルでもみつけたのかぁ?」
「アイちゃんですよ!」
「はぁ? どこだよ?」
「喫煙所の前」
同じ場所に目を向けた警部補は、目を丸くさせ、その口から言葉が漏れ出る。
「おい……アイちゃんだな」
二人は感動を分かち合った。
「アイちゃんですよ!」
「アイちゃんだなぁ」
「アイちゃんですよ!」
「アイちゃんだなぁ!!」
「アイちゃんですよ!!」
「行くぞ」
「はい」
二人の刑事は同時に腰を上げて、喫煙所に立つ、二組に近づく。
一人は背が高く、喫煙所の前で、電話をかけており、その背後にいる、もう一人は、小柄な痩せっぽっち。
そして、背後にいた痩せ型の男が、きびすを返して歩き出したので、二人の刑事は通せんぼするように立ちはだかった。
「ちょっといいですか? 警察の者です」
老刑事の発する言葉に合わせ、小山内巡査部長は上着の胸ポケットから、二つ折りの警察手帳を出し、身分を目の前の男に示す。
老刑事の動向を、小山内は見守る。
「あんた、今、あの人から、財布抜き取ったでしょ?」
喫煙所にいる、あの人とやらを、軽く指差して確認させる。
男は急な質問に、挙動が不自然になる。
目を泳がせ、何か言い返そうにも、言葉に詰まっていた。
その後ろめたい気持ちが、表面に
片手を突っ込んだ、ズボンの側。
身体を軽く、二人の刑事とは反対の方向へ逸らす。
警部補が顎をしゃくると、横にいる小山内巡査部長は、男に歩みより、ズボンに入れた腕をつかみ、引きずり出す。
引きずり出された手に掴んでいた物は、手の平に収まる財布。
老刑事はたたみかける。
「スリの現行犯で、あんたを逮捕する」
スリの男は、逃げ切れないと悟り、かんねんして、うなだれる。
【アイちゃん】とは、
警察内で使われる隠語で、
【
固い表情を崩した警部補は、満面の笑みで犯人に言う。
「お前さんを、ずっと追ってたんだよ」
~ミアタリ【捜査共助課見当たり捜査班】~
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