見当たり

 小山内の隣で、風格を漂わせる阿南あなみ警部補は、見あたり歴20年のベテラン。

 

 もうすぐ定年を向かえる老刑事だ。

 噂では、1秒間に10人の顔を、見比べられる技術を持っている。

 あくまで噂なので、信憑性はないが。


 しかしながら、歳とは関係なく、昔かたぎの刑事で頑固な性格。

 それゆえに、付いて行くだけで辛労が絶えない。


 小山内巡査部長は、彼に付いて2ヶ月になるが、この老刑事との付き合い方に慣れず、手探りで、彼との付き合い方を模索している。



 小山内おさない巡査部長は、叱咤されつつも、見あたりの匠が、どのような目で、物事を捉えているのか気になり、横目で阿南警部補の様子を見た。


「阿南さん…………まばたきしてますよね?」


 阿南警部補は喉を鳴らして答える。


「俺はしてねぇよ」


「してましたよ」


 警部補は、通行人から目を離さないまま、舌打ちをして返す。


「うるせぇなぁ~。まばたきしないと、目が乾いちゃうだろが? てか、お前、俺の方を見るな」


犯人ホシが逃げちゃいますもんね」


「そうだよ。解ってんじゃねぇか」


 見あたりの刑事達は、ひたすら過ぎゆく人々に目を凝らし、頭に叩き込んだ、指名手配犯の人相と照らし合わせる。


ホクロの位置。

唇の厚さ。

目の大きさ。


 これらの特徴を、一瞬で見極め、容疑者かどうか、判断せねばならない。


 小山内おさない巡査部長は、川のように流れる人々に目をさらわれそうになりつつも、注意深く周辺を見る。


 すると、ある一点に目線を奪われ、釘付けになる。


 潜めた声で、警部補を呼ぶ。


「阿南さん。阿南さん!」


「見つけたのか?」


「1時の方向。見てください」


 阿南警部補が目線を移したのを見計らい、小山内は言う。


「女優の『のん』ですよ!? ほら、朝ドラに出てた。のんちゃん!」


 思わぬ発見に、巡査部長が小さく歓喜していると、老刑事は低く唸るように言う。


「…………おい」


 こちらに目を向けた警部補は、厳しい眼光で咎める。


 小山内は襟を正す。


「はい……犯人ホシが逃げちゃいますね。すみません」


 巡査部長は、激が飛ぶことを恐れ、血相を変えて目線を人の流れに戻す。


 たが、以外にも返って来た言葉は、

「俺も見てぇ。どこにいるだよ?」


「はい。自販機の辺りです」

 小山内巡査部長は即座に答える。


 眉をつらせて、警部補は聞く。


「どこだよ」


「ほら、あそこ。あ! 行っちゃったなぁ……」


「適当こきやがって、本当にいたのか?」


 阿南警部補は、落胆すると同時に、舌打ちする。


 気まずい沈黙が、空気をよどませると、小山内巡査部長は何かに気づき、再び阿南警部補に声をかけた。


「阿南さん。阿南さん!」


「今度は何だ。アイドルでもみつけたのかぁ?」


「アイちゃんですよ!」


「はぁ? どこだよ?」


「喫煙所の前」


 同じ場所に目を向けた警部補は、目を丸くさせ、その口から言葉が漏れ出る。


「おい……アイちゃんだな」


 二人は感動を分かち合った。


「アイちゃんですよ!」


「アイちゃんだなぁ」


「アイちゃんですよ!」


「アイちゃんだなぁ!!」


「アイちゃんですよ!!」


「行くぞ」


「はい」


 二人の刑事は同時に腰を上げて、喫煙所に立つ、二組に近づく。


 一人は背が高く、喫煙所の前で、電話をかけており、その背後にいる、もう一人は、小柄な痩せっぽっち。


 そして、背後にいた痩せ型の男が、きびすを返して歩き出したので、二人の刑事は通せんぼするように立ちはだかった。


「ちょっといいですか? 警察の者です」


 老刑事の発する言葉に合わせ、小山内巡査部長は上着の胸ポケットから、二つ折りの警察手帳を出し、身分を目の前の男に示す。


 老刑事の動向を、小山内は見守る。


「あんた、今、あの人から、財布抜き取ったでしょ?」


 喫煙所にいる、あの人とやらを、軽く指差して確認させる。


 男は急な質問に、挙動が不自然になる。

 目を泳がせ、何か言い返そうにも、言葉に詰まっていた。


 その後ろめたい気持ちが、表面にあらわとなる。

 片手を突っ込んだ、ズボンの側。

 身体を軽く、二人の刑事とは反対の方向へ逸らす。


 

 警部補が顎をしゃくると、横にいる小山内巡査部長は、男に歩みより、ズボンに入れた腕をつかみ、引きずり出す。


 引きずり出された手に掴んでいた物は、手の平に収まる財布。


 老刑事はたたみかける。


「スリの現行犯で、あんたを逮捕する」


 スリの男は、逃げ切れないと悟り、かんねんして、うなだれる。


【アイちゃん】とは、

 警察内で使われる隠語で、

相手屋師すり】の愛称からアイちゃんと呼ばれている。


 固い表情を崩した警部補は、満面の笑みで犯人に言う。


「お前さんを、ずっと追ってたんだよ」



~ミアタリ【捜査共助課見当たり捜査班】~

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