プラネタリウム、君の声、スピカ

 目が覚めたら星の海だった。

 "うしかい座のアークトゥルスとともに、『夫婦星』とも呼ばれます。" 張りのあるバリトンが、僕の意識を現実に引き戻した。紺の暗闇の中、隣の君が、だいじょうぶ? と唇を動かすのが見えて頬が熱くなる。体が沈むプラネタリウムの椅子、星空と心地のよい語りは、訳あって残業続きの体には麻薬だった。


「 」


 終演後、君がまた唇を動かす。喧騒に紛れて聞き取れなかったけれども、体調を案じる言葉なのは察せられて、本当に大丈夫、ごめん、と謝る。


「せっかく君の乙女座のプログラムをやってたのにね、でもあの、これは事情があって、普段から激務なわけではなくて」


 こんな風に渡すつもりじゃなかったのに、ままよ、という気持ちで鞄から小箱を出した。ぱくん、と開くと、星空から醒めた薄明かりに銀の輪が光った。


「これを……買おうとして、それで、あの」


 彼女の目はみるみる大きくなる。僕の頬はまた熱くなる。


「結婚してください」


 僕には永遠のような間の後で、君が震える唇を動かす。


「 」


 細いのであろう声はやはり聞き取れず、耳を近づけて優しくもう一度を促す。


「 」


 彼女の唇からは、音がしていないように、思えた。

 耳を澄ましてみれば、喧騒も何か違和感がある。感に堪えたようなため息。解説に、そうなんだ、と打つ相槌。上映後というよりは、まるでまさに今星空を見ているかのような声のさざめき。

 ああ、眠っていた僕だけがずっとここにいるから、皆と一緒に乙女座に行かなかったから、声が遠いんだ。そう、自然にわかった。なぜだか。

 目尻の涙と小刻みに繰り返す頷きと首に巻きついた腕、タイムラグなく届く動作が答えではあったのだけど、早く君の声で返事が聞きたい。涙が玉になって、君の薬指に嵌めた指輪の上で散った。やはりダイヤにすべきなのかとても迷ったけれど、乙女座スピカ、真珠星のパールは君の涙を纏ってもっと星みたいで、これでよかった、と思った。


 早く、僕のお嫁さんになるって言って。乙女座銀河団から戻ったら一番に。



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 蒼条さんはきみの誕生日に、プラネタリウムの柔らかな椅子に座ったままできみの返答にすこし遅延があることに気づいた話をしてください。

 #さみしいなにかをかく

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anything blue 蒼条 慧思 @s_kc52

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