水曜の夜、ストッキング、ピーナツバター
秋雨は九日くらい降り続けた。
もちろん絶えず降り続けたわけではないだろうが、朝八時に洗濯を干して出て、十九時に取り入れるまで晴れ続けたのでなければ意味はなくて、結果として明日着ていく服がない。それだけだった。これはまだいけるだろうか、パンストの伝線具合を指を入れて比較しながら、何もかもがどうでもよくなってドンキに来た。
こういう夜は、罠だ、と思う。
三足千円のそれを鷲掴んでカゴに放り込む。カゴを握る手の、爪の先、まだ夏のままのコーラルオレンジをしたジェルネイルが欠けているのに気づく。泣き喚きたくなりながら、例えば、と思う。
例えばこの、九足のパンストが全て伝線するまで、ちょっといいコスメを買って帰りにカフェに寄って週末はジェルネイルをして、自分の機嫌をとって、とって、とって生きていくことが、例えばドンキの帰り、歩道橋の階段を転げ落ちることより、そうやって全て終わらせてしまうことより、難しいように、思える。
会計を終えて、ずるりと店の壁に凭れかかった。とりあえず立ち止まらなければ、車道に飛び出してしまう気がした。そうして店の壁に背をもたせかけて、腕に顔を埋めて、いくつか浅い夢をみた。
何度めかに目覚めて、顔を上げて見た、東の空は白み始めていた。今日の仕事は死にそうに眠いだろう、寝不足のままブルーライトを死ぬほど浴びて頭が痛くなるだろうし、働きの悪さにイヤミを言われまくるだろう。それでも、私は今生きて朝を迎えている。それを、よかったと思う。
帰って、何か食べて二時間だけ寝よう、就寝の妨げにならず昼まで腹持ちするものは何だろう、などと考えられることをよかったと思う。
店の裏口から箒を持った店員さんが出てくる。数時間前レジをしてくれた人のように思う。店の壁沿いにしゃがみこんでいる女を見て、彼はあからさまにぎょっとした顔をする。
「今食べて、昼まで腹持ちするものって、なんだと思いますか」
「……ピーナツバターを塗ったトーストとか、かなり満腹感ありますよ」
気味悪げな表情を拭えないままに、それでも律儀に答えてくれた貴方のことがうれしい。薦めのままに買って帰るであろうピーナツバターのことがうれしい。
「そういうの、最高ですね」
私は、この夜を生き抜いた私のことが、すごくうれしい。
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↓このツイノベを膨らませた話でした。
雨が続いて、湿っても破れてもないパンストが一足もない、水曜の夜は罠だと思う。三足千円のそれを放り込んだ。まだ夏色のネイルが欠けているのに気づいた。白々しい明かりは日々の澱を映しすぎる。これを履ききるまで、自分の機嫌をとって生きていくことが、死ぬよりも難しく思える。#twnovel
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