第五章 姫君の物語
第98話 目覚め
テントの帆布を透ける朝の陽光が、寝ていた俺の目を覚まし、外へと
いつもなら、すぐに、飛び起きるシチュエーション
でも今は、ためらう。
幼い女の子の可愛らしい寝息が耳元でゆっくりと時を刻む。
帝国軍に母親を殺された幼い女の子、フローラは、俺の腕を枕にして寄り添うように寝ていた。
彼女が目覚めぬよう気を使いながら、俺は、ゆっくりと上体を起こす。
フローラはスヤスヤと穏やかに眠っている。
良かった、成功だ。
昨日の事を思いながら、彼女の髪を指先でそっと優しく
彼女は、寝返りをうって返事をした。
身体が冷えないように、乱れた布団を整えてやる。
それから、俺は、腕を伸ばし、背伸びをしながら深呼吸、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで吐き出した。すぐに、立ち上がり、テントの外へ出る。
「ごっ
いきなりチビが抱きついてきた。
朝から元気いっぱいのチビは、白銀の尾を激しく振りながら、俺にまとわりつく。
「マスター、お目覚めか?」
ジャンヌは、鎧を脱ぎ、薄い布地の服姿を披露しながら、手頃な岩に腰掛け、タオルで汗を拭いている最中だった。
彼女の肌から立ち昇る熱気が、朝稽古の厳しさを物語っている。
コップに冷たい水を入れ、彼女に差し出す。
「これは?」
彼女は小首を傾げながら受け取り、一口飲み、「冷たくて、美味しい!」と感動している。
「私が入れた水よ」
指先から魔法で生み出した水をコップに注ぎ、チビにも渡す。
ゴクゴクと美味しそうに飲むチビを愛でていると、ジャンヌがとんでもない事を口走る。
「では、これはマスターの聖水!」
ジャンヌは大声で驚き、コップを陽の光に透かす。
バカなの、この娘!
当然、近衛騎士たちがざわつく。
「ソフィア様の聖水」
「飲んでみたい……」
俺は、顔を真っ赤にしながら、ジャンヌをゲンコツで殴った。
「うわーん、マスターに殴られた」
お前、それ、まさかの嘘泣き?
「お母さん、おしっこ」
テントからフローラが目をこすりながら出てきた。
ゴクリッ、変な勘違いをした近衛騎士たちが生唾を飲み込む。
キーッ! お前ら、どっかいけよ!
後で、レティーシアに言いつけてやる、イーッだ!
「さぁ、フローラ、連れてってあげるわ」
「抱っこー」
「はいはい」
フローラを抱っこして、急造した厠へ急ぐ。
「お母さん??」
チビとジャンヌの声が聞こえたが、それは後々、今は、厠へ急げ!
郊外から見る街並みは、つい最近まで人が住んでいたとは思えない廃墟。
瓦礫ばかりが目立ち、辛うじて形を残す建物も、人が住めるような状態には見えない。
それでも、人影がチラホラと見え始め、瓦礫を片付け始めていた。
そこに、燃える前の街を見、これから先の未来に想いを馳せる。
一大事が終わり、その後は、皆で朝の軽食を摂っていた。
「ソフィア、その子を引き取るつもり?」
レティーシアの声を聞き、フローラは俺の顔を見つめる。
「ええ、そうよ」
皆の、もの言いたげな顔、ああ、言いたいことはわかる。
今回の戦いで孤児になった子供は多い。
戦災孤児という奴だ。
賢ぶる奴は、こう言うだろう、「一人を助けても意味が無い、それは、偽善だ」と……。
意味がない? 偽善? とは何だ!
そもそも論点がズレている。
そんな批判は、愚痴ばかり言う、何もしない怠け者のセリフ。
俺を慕う子供がいる。
その子は、親を亡くし、助けを求めている。
ただそれだけだ、いきなり世界を語る必要はない。
だから、答えは、これしかない!
「この子は、私が育てるわ、そして幸せにしてみせる」
フローラの小さな肩に手を回し、俺に引き寄せた。
彼女は、俺に身体を預ける。
軽いはずの幼子が、重く感じられた。
でも暖かい彼女の体温が伝わってくる。
「ソフィアが決めたことなら何も言わないわ、でも……」
「大丈夫よ!」
レティーシアの心配も最もだ。
俺の周りにはアレが多い。それは、残念な方の、アレだ……。
チビは、ケモ耳ロリ巨乳で可愛いが、そう! 可愛いが頭の方は子犬だし……。
ジャンヌは、性格は騎士の脳筋……、その上、皆は知らないが、紐のような水着を着ても恥ずかしいとは思わない、貞操観念の持主。
彼女に任せると破廉恥な子に育ちそう。それに、剣の稽古も厳しくするに違いない。
そんなのダメダメ!
そもそも、子供に戦闘スキルを学ばせる気なんて無い。
アホだろ、そんなの?
幸せになってくれれば、それで良い。
だったら、あいつを呼び出すか……。
「大丈夫よ、この娘に、子育てを手伝って貰うから」
詠唱もせず出現した魔法陣から、一人のメイド姿の美少女が現れた。
「あの〜、どちら様ですか?」
皆が唖然とする中、レティーシアが代表して問いかける。
「私は、メイド長のメアリーですっ、よろしくお願いします」
肩書きの割に、軽い口調だが、手本の様な素晴らしいお辞儀を彼女はした。
そう、この娘こそ、レア度SRにして、唯一、人気ランキングベスト五十入りの、メイド長、お転婆娘のメアリーちゃんだ。
きっと子育てを助けてくれる違いない。
メイド長とは、最高の肩書きではないか!
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