第96話 生きた証

 戦闘で荒地と化した街の郊外に死体が並べられていく。


「意外だね」

 街に戻ってから出会ったアンジェラが妙に馴れ馴れしい。


「何がよ?」

 俺は素っ気なく返事する。

 お前がここにいるのが意外と言うより、驚きだよ!


「帝国の兵隊も弔うのね」

「ついでよ、帝国兵の死体なんて目障りなのよ」

 俺は顔を曇らせた。


 投げ捨てられた帝国兵の死骸は、整えられておらず死後硬直のせいで、異様な姿を晒していた。


 何処からかからすが集まり出している。

 骸で羽を休めるそれらと目が合う。

 一斉に悲鳴のような鳴き声を上げ、連れ立って羽ばたき、空でグルグルと旋回をする。


 夕暮れ時の空は、青と薄いオレンジが混ざり合う。

 その見上げた空には星が見え隠れしていた。


 隣のアンジェラをジト〜ッと睨む。

「帝国のあなたがどういうつもり?」

 彼女は、慌てて口先にシーッと指を立てた。


 アンジェラ達は、住民を守っていたらしい。

 住民はそう証言し、騎士の数人も、帝国兵と戦う姿を目撃していた。


「バカエルフ、帝国の人間ってことは秘密!」

 声でけぇよ、アンジェラ!

 ほら、街の住民が数人、こちらを振り返る。

 彼らは、ずっと前から俺たちの話に聞き耳を立てていた。


「まぁ、エルフのお姫様より、あたしの方が好かれてるから……、いたーい、何するのよ、ゲール」

 腰に二本の剣を差し、細い目が特徴的な双剣使いのゲールがアンジェラの頭を叩いた。

「姉さん、俺たちは、素性を隠すのも仕事の内だ!」

 さっきのアンジェラよりでかい声を張り上げるゲールに目線でチラチラ、合図を送る。


 うっわぁー、むっちゃ注目されてますやん!

 さっきまで、こっそり様子を伺っていた住民達が、俺たちをガン見している。


「へへ……」

 ゲールは力無く笑い、殴られた頭を抱え座り込んでいるアンジェラの肩へ手を回し、ヒソヒソ話を始めた。


 ニーベルンでの戦いでは、素早さを生かした剣さばきで俺を翻弄した、双剣使いのゲールも、案外、間抜けな奴……、いや、もしかして計算?


「レティーシアに手を出したら、容赦無いわよ」

 ヘルメスの杖、いつも愛用している杖頭の白い二枚羽がトレードマークの【カドケウス】を呼び出し、手に握る。


「いや、いや、出さない! 出さない!」

 慌てたアンジェラとゲールの二人は、声を合わせて否定した。


 魔力が回復していない事を思い出し、念のためにと、さらにアイテムボックスからMPポーションを取り出した。

 ごつくて汚い古臭い瓶に入った紫色のねっとりとした液体……、蓋をあけるとプーンと漂う薬臭。


 絶対、不味いよねコレ……。


「自慢じゃないが、うちの姉さんは、抜けてるから、嬢ちゃんを出し抜くなんて、無理だぜ!」

 ゲールの頭をアンジェラが叩こうとするが、素早く避けられた。


 まぁ、確かに、アンジェラは、以前、クララとレティーシアを間違えて誘拐するぐらい残念さんだったと思い出す。


 まぁ、いいや、こいつらと戦うのは、面倒くさい。


「ふーん、じゃ、コレ飲んで」

 つまらないものですが、はいどうぞと、ゲールにMPポーションの瓶を渡す。

 彼は、瓶口から中身を覗き、細い目を見開くと、エイッと、それをアンジェラに渡した。


「なんだいコレ、マジックポーションかい? うぇっ! これ、飲まなきゃダメかい?」

 無理、無理、と表情は本音を語ったていた。


「ダメよ!」

「姉さんなら出来る!」

 ゲールも、一緒になって煽る。

 さらに、嫌がるアンジェラに、さぁ、グッグッグイットと瓶に手を添え、彼女の口元へ。


 うっわぁー、こいつ、ドエスだ……。


 街の人の声、「エルフって、王国の敵だろ」と微かに聞こえた。

 もしかしたら、聞き間違いかも知れないと思わせるぐらい小さな音量で耳に飛び込んだ声が脳内で響く。


「もう、良いわよ……」

 今にも泣き出しそうなアンジェラからMPポーションを奪い取る。


「良いのかい?」

「ええ、あなたをいじめると私の評判が落ちそうなのよ」

 街の人の視線が痛い……。

 俺は、帝国との戦いで少々やりすぎたらしい。

 人を焼き殺すのは、殺し方としては最悪だからな……、でも、それを先にしたのは帝国だ……。


「あまり気にするな、あたしは好きだぜ、ああいう派手な殺し方」

 すっと立ち上がり、アンジェラは、耳元で囁いた。


 身体がムズッとして、頬が赤くなる。

 な、なによ、バ、バカッ!


「今日は、共に弔おう! 話は、明日、王国の姫さまとする。それで、良いね?」

「い、いいわ」

 アンジェラは、男みたいに手を上げて背中で別れの挨拶をした。


 カッコつけんな! バカッ!


 気を取り直して、並べられた死体を見て回る。

 街の人、騎士、それにユニコーンのユニ子の死骸ですら、人々が集まり、別れを惜しんでいた。


 街の人の死体は、特に状態が悪い。

 普段の俺なら目を覆い見ないに違いない。

 黒焦げの皮膚、そこから覗く肉、白ぽっいものは骨だろうか?

 髪もなく、目もない顔……。


 ふと、誰も寄り添わない死体を見つけ、抱きしめた。


 彼、彼女? に何か別れを言いたい訳ではない。

 聞こえないはずの声が聞こえた訳でもない。


 もちろん、哀れみではない。


 ただ、刻みたかっただけだ、ここに、この人が生きていたということを……。


 ジャンヌに肩を叩かれた。

「マスター、火葬の準備が整った。レティーシア様のところへ」

「わかったわ……」

 ぐすっと鼻をすする。いつのまにか、日は沈み、辺りはすっかり暗くなり、夜風が肌寒い。


 生きている人々は、松明を手に持ち、周囲を照らし、風は、葉を揺らす代わりに、人々の悲しい泣き声を運んでいた。

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