第94話 炎の物語 前編
【蹂躙の炎】が戦場を燃やす。
帝国兵を燃やし、その余熱で草花が燃えた。
彼らは苦悶に満ちた表情で悶え苦しみ、やがて真っ黒に焦げた肢体をさらし、炎に、その身を沈めていく。
トレイニーとは違う声が聞こえる。
「方陣を組め! 炎をやり過ごし、反撃をするぞ!」
生き残りの士官が軍の統率を取り戻そうと躍起になっていた。
その精神力は素晴らしいと賞賛しよう。
「助けて……」
足元から帝国兵の呻き声、迷わず杖で止めを刺した。
「貴様、それでも人か! 化物め!」
先程の士官が声を荒げる。
いや、エルフって、お前ら、言ってたじゃん……。
負の感情が込められた視線が多数、
どうやら、炎が渦巻き、人々の絶叫が支配する、この戦場に、数百人単位の方陣が、完成しつつあるようだ。
つくづく尊敬に値する……。
嬉しくて笑みがこぼれた。
「軍式攻撃魔法、小隊詠唱、三式で唱えよ!」
士官の号令で、新たに形成された集団から急激な魔力の高まりを感じた。それに好奇心が無いわけでは無いが……。
「それは、もう良いわ、【ハイフレイム】」
冷めた目で、火属性中級単体攻撃魔法を集団の中心に向け放つ。
単体といえど、威力は、おそらく、こいつらの言うところの殲滅魔法程度はある。
【ハイフレイム】は中心に着弾し、周囲の兵士達を巻き込み、弾けるように爆発した。
数十人の命が、赤い血の輝きと、肉片を撒き散らしながら、その生涯を終えた。
爆発が収まった戦場に、兵達の悲痛な叫びが聞こえた。
「うわぁ、俺の腕が、腕が……」
必死にもげた腕を、自らの胴体に付け直そうと狂乱する者。
「おい、なんで、お前が……」
仲間がかばった事で命を救われた者。
彼は、恩人の死体……長い髪、柔らかな身体の線、息をしない若い女性を抱きしめ絶叫していた。
「そんな、障壁を展開していたはず……」
「それを、無詠唱だなんて」
「本物の化物だ」
「邪悪な姫君の再来だ」
生き残った兵士達は、手負いの仲間を残し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
彼らの心も、ついに限界を迎えたようだ。
俺は、地獄の戦場を、ゆっくりと、一歩、一歩、前に進む。
「み、見逃してくれ、私には家族がいる……」
恐怖で腰を抜かした士官が、涙を流し、命乞いをしてきた。
そんな事は、最初から、
「知ってるわ」
蔑むように彼を見つめ、左手を士官に向ける。
彼は腰を抜かしたまま小刻みに体を震わせ、尻を引きずり、後ずさり、
「ひっ、や、やめて……」
かすれた声で訴える。
今さらだ……。
卑怯な奴……。
俺は、【
そんな事は、最初から知っている。
人は、何も無いところから湧いて増えたのではない。
親から子は生まれ、その子が成長し、誰かと愛し合い、また子を授かり、それが延々と連鎖し、命は繋がり、増えるのだ。
そんな事は、当たり前だ。
誰だって知っている。
帝国軍、彼らは、よく訓練された、優秀な兵士の集団だ。
この戦争には、彼らなりの大義があるのだろう。
もしかしたら、大切な者の為に、戦っているのかもしれない。
そんなものは、俺の怒りを鎮める理由にはならない。
逃げ惑う兵士に【ハイフレイム】を連弾で放つ。
「一人も逃さないわ!」
彼らは、戦う手段の無い住人を殺戮し、街に炎を放ち蹂躙したのだ。
「あなた達は許さない!」
俺の感情に共鳴して、数万本の火柱が天を貫く。
自らの意思で戦争に参加したのなら、その覚悟はしていたはずだ。
だから、決して、手は抜かない、慈悲もかけない。
敵を見逃すことは、愚かな行為だと本能が、すでに知っていた。
手を抜けば、大切な、何かが危険にさらされる。
帝国に、いや世界に教えてやらねばならない。
俺を殺さない限り、俺から大切なものを奪えないという事を。
知り合いを守るだけでは足りない。
母を殺された、あの女の子のような悲劇を防ぎたい。
世界を守りたい。
どんなに、それが馬鹿げた理想でも、諦めない!
俺が、その悲劇を生み出していてもだ。
覚悟を持って、力を行使し、戦争を終わらして見せる。
「やってくれたな、エルフの化物、いや、邪悪な姫君、ソフィア・アルムヘイム」
トレイニーは、この惨状の中、無傷だった。
アルムヘイム? 勝手に人の名前を増やさないでほしい。
「あら、元気そうで嬉しいわ」
俺の返事に奴は、魔力を漲らせ身体強化を始めた。
地面が悲鳴をあげた。奴の周りの空間が乱れ、小石が浮く。
「俺の授かった加護の名を教えてやる【ミノタウロスの剛力】、そして愛刀の名は【
トレイニーは、高らかに宣言し、一気に距離を詰めてきた。
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