第83話 痛み

 彼らの服装は、相変わらずで、服にシミ、替えが少ないのかボロボロだ。

 その上、陽にやけ埃にまみれた身体、水が豊富なこの街で、ろくに身体を洗うこともできないことが見て取れる。

 それでも、今、暴徒は声を張り上げ生気に満ち溢れていた。

 それは、自らの感情をぶつける先をはっきりと見つけたからに違いない。


「邪悪な姫君は、王国から出てけ!」

「商館ごと燃やしてしまえ!」

 通りを埋め尽くす松明が揺らめく。

 兵士が抑えるのに必死の様子で押し合いは始まっていた。

 暴徒に目を凝らせば、男性だけで無く、女性や子供も混じっているのがすぐ分かる。

 そして、幼い子供ですら、労働の疲れと空腹が見て取れた。


 俺は、テラスからこの身をさらし、臆することなく眼下に広がる全てを見る。


 怒りに任せた石が飛んでくる。

 避けたりはしない、そんなものは、どうせ通用しない。


 風が吹いた。

 掲げられた無数に広がる松明の炎が強くなる。燃え上がった炎は千切れ幾千という火の粉が舞い上がる。


 遅れてきたイザベルが兵士に一言、二言、小声で告げた。

「ソフィアさん、今からでも……」

「いいえ、手出し無用よ」

 背中から聞こえるイザベルに、振り返らずに、そう告げた。

 彼女なら、いや南部なら、昼間のように力で、鎮圧するのだろうか?

 いや、彼女は、もっと上手にできるのか?


 相変わらず石は飛んでくるが痛くない。 

 そんなものでは、俺には感じさせる事は出来ないのだ。


 思わず嫌味な笑みがこぼしてしまい、それが、暴徒を興奮させる。


 今度は、チビも落ち着いている様子、こいつが本気で暴れ出したら、俺でも止めるのは困難だろう。


「レティーシアは邪魔しないでね」

「強がりはよせ」

 エドワードが、頭を叩く。くそっ、乱暴者め、本気でちよっと痛い。


 振り返り、涙目で抗議する。

 王族に伝わる、【邪悪な姫君】の最後の言葉「真実の愛でしか、私を殺せない」が頭をよぎる。


 まったく嫌な言葉だ。


「もう、みんな、ポンポンと叩きすぎよっ! 痛いわ!」

 皆の姿が目に入る。クララも、シルフィードも加わったようだ。


「変な魔法はダメよ」

 レティーシアが俺の額をコツンと弾く。

 優しい衝撃が少し痛い。


 彼女なら、言葉の力で暴徒を鎮圧するのだろう。


「知ってるわ」

 テラスの手すりにピュンと飛び乗る。

 全身に、暴徒の熱い熱気を感じた。


「おい、無茶はよせ!」

 エドワードの声、風が下から突き上げる。

 すかさずスカートの裾を抑え、難を逃れた。

 へっへーんだっ! 俺の女子力を舐めんなよ!


 でも見えてないよね。

 一応、念のため、エッチなエドワードの顔を見た。


 彼の心配そうな表情、

「バーカ」

 スカートの裾を両手で抑え、腰を屈め、口を尖らせ発した短い言葉、それを残して、俺は暴徒の中心を目指して後ろ向きに倒れるようにして飛び降りた。


 暴徒を鎮めようとは、最初から思っていない。

 だから、魔力を漲らせる、身体強化はなし。

 彼らの拳は、決して、俺には届かない。


「真実の愛でしか、私は殺せない」

 言葉の真意はともかく、今の彼らは、俺に、何もする事は出来ないのだから。


 着地点の人が俺を恐れて慌てて避ける。

 俺は、暴徒達の中心にフワリと降り立った。


 暴徒の声がやむ、彼らは、遠ざけようと松明の先を俺に向けた。


「はじめまして、私がソフィア」

 静けさが、彼らが俺の声に耳を傾けていると教えてくれる。


「あなた達のいう、私が、【邪悪な姫君】よ」

 さぁ、はじめよう、そして、俺が何者か思い知れ!

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