第82話 暴徒

「大変です」

 扉が開くと同時に南部の兵士が駆け込んできた。

 彼は、息を切らせ、肩をゼーハー、ゼーハーとさせている。


「落ち着きなさい」

「お嬢様、お茶をどうぞ」

 イザベルの不機嫌に、執事のセバスがフォローした。


 俺の高性能エルフ耳は、外が少し騒がしいのをしばらく前から知らせていた。それに……、でも、まぁ、いいや……。


「でっ……あなた、誰?」

 魔女さまーー、への問いかけに、

「さっ、こちらへ」

 レティーシアの隣へと、セバスが案内してくれた。

 しかし、チビの席は、用意されていないようで、仕方ないから、俺の膝へ座らせ、抱っこしてやる。

 小さな身体と、まん丸お尻の感触が気持ち良い。


 最近、甘やかし過ぎかもしれないが、と自らを諌めながら、

「もお一杯頂戴」

 とチビの分を注文してやった。

 俺は気がきくからな。

 セバスは、そんな俺の素晴らしい人柄に、お辞儀をして、お茶の準備をはじめた。

 彼の、その姿は洗練されていたが、やはり、メイドがいないのは残念でならない。


 商館の外は相変わらずの様子。くだらない……。


 チビは、俺のお茶を先に両手で取り、カップにふーふー息を吹きかけ冷ますのに必死になりながら、

 足をプラプラさせご機嫌な様子を見せていた。

 よしよし、うい奴、うい奴と彼女の耳元を、少し指を立て掻いてやる。身体と耳をピクピク反応させて彼女はそれを楽しんだ。


 強引にお伽話をはじめた魔女さまーー、がやっぱり気になる。

 彼女のレベルは、そこそこ高く、その上、感じる魔力も膨大だった。


「あなた、誰?」

 魔女さまーー、にもう一度、問いかける。


「あらあら、私は……」

「大変です。暴徒に取り囲われました」

 二人目の兵士が駆け込んできた。

 彼は、身振り手振りで大変さを、猛アピール。


「慌ててもしようが無い、まずは落ち着きなさい」

 セバスが兵士に水を飲ませてやる。


 群衆の数が、刻々と膨らむのが分かる。

 騒ぎ声は、人の耳に聞こるレベルになっていた。

 こうなると、彼らを途中で止めるのは、不可能だろう。


 会議室に静けさが広がる。


 それを知ってか、知らずか、


「その前に、お伽話の感想を聞かせて頂戴」

 隣に座る魔女さまーー、は名前を教えてくれず、マイペースを崩さない。


 こいつ、もう無視で良いかな、良いよね!

 ポンポンとチビの頭を叩く。

 フカフカの毛並みが気持ち良い。


「ねぇねぇ、お伽話の感想、かんそうよっ」

 彼女が肩を揺さぶってきた。

「はいはい、人間万歳、神様万歳で、良かったわ」

「えーー、それ以外に、もっと、こおーや、ぐわっとか、ごごっとかぁ」

 うざっ! むし、無視に決めたっ!

 なのに彼女はさらに、胸を、いやこれは、もしやおっぱい? を押し当ててきた。

 コイツ、まさかっっ!


「なんか、ないの? ねぇねぇ?」

 腕に感じる彼女の細やかな膨らみの、おっぱい……。


 哀れだ……。


 感極まってヒシッと彼女に抱きついた。

「ちゃんと分かるわ、あるわ!」

 魔女さまーー、はキョトンとしている。

 俺は、高性能エルフガンで、彼女の胸を凝視した。


 う? 一応、ブラは付けているようだが、


 彼女の胸の戦闘力は、アンアン姉と同等(推定)だ。

 しかも、年齢は二十代(多分)ときたもんだ。


 大人の女性で、まぁ、クララは十五歳らしいが……あれは、属性が違う……、そんな訳で、俺より小さいのは、彼女が初めてだ。


「大丈夫よ、あなたの価値は胸じゃない!」

「なっ!」

 魔女さまーー、は両手で胸を隠し、顔を真っ赤に目に涙を溜めている。


 俺の名言は、彼女の心に響いたに違いない。


「良い、よく聞いて、おっぱいは大きさじゃなくてっ……イタイ」

「ソフィア、真面目にして!」

 レティーシアに後頭部を殴られた。

 もう、乱暴だな、レティーシアたらっ。

 でも、ちょっと、嬉しいぞ!


「皆さん、暴徒が……」

 兵士が堪らず声を張り上げ、語尾は外の暴徒が出した騒音で搔き消える。


 その様子に、イザベルは、指を可愛らしく唇に当て、ほんの少し考え込むと決意を決め、その身を気迫で満たしはじめた。

「セバス、行くわよ!」

「はい、お嬢様!」

 イザベルが立ち上がる。

 そんな彼女を見るセバスの目は優しい色を見せるも、かもし出す空気は、戦士のそれだった。


「いえ、ここは、私が収めます」

「姫様、では、私も」

 間髪おかず、レティーシアとジークフリードが続く。

 レティーシアからは、凛とした空気が漂い、ジークの歯がキラリと輝いた。

 伯爵は、それを苦々しく眺めている。


「ソフィアは、ここで、待っててね」

 レティーシアが、ニッコリと微笑む。

 彼女は自然体とした余裕を見せ、これから、どこかに散歩にでも行こうかという風だ。


 彼女は、間違いなく強い。


「邪悪な姫君と、その手下は、王国から出て行け!」

 暴徒の合唱がはっきりと聞こえてくる。


 あのエッチなおじさまが、昼間、投げられた小石から俺を庇ってくれたので、南部は俺の手下になったらしい。

 いや、ここに居る全てか……。

 標的は、俺だけにしとけば良いものを……。


「レティーシア様も、ここでお待ち下さい」

 イザベルは、言葉とは裏腹に、腰に手を当て、態度がでかい。

「私が、ここに居ると知って、こんな下らない策を講じる帝国に思い知らしめてやる」

 さっそうと部屋を出ようとする彼女の肩を掴み、

「いいえ、彼らは、私が黙らせる」

 押しのけ、俺が一番に部屋を出た。


 俺は、誰に喧嘩を売っているのか、世界に知らしめるつもりだ。

 たかが、一都市の暴徒など取るに足らない。


 それに、身近な者に悪意を向ける者は、見過ごさない。


 大通りに面したテラスに、堂々と身をさらす。


「おい、邪悪な姫君が出てきたぞ!」

 松明を掲げた暴徒達が怒鳴り始める。


 その言葉に、ツンと顎を出し、不遜な態度で俺は応える。


 さて、俺が何者なのか、まずは、コイツらに教えねばならない。

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