第78話 世界を敵に回しても
南部の商館、その一階の荷捌き場は、通りから大河の方へと、吹き抜けになっている。
また、交易都市に張り巡らせられた水路の一部もここにあり。
各地に運ばれる筈の荷物が、辺りに無造作に積まれていた。
それは、その運び手が、仕事をボイコットしたからに他ならない。
難民達の服にシミ。
それは、長旅したせいもあるが、労働でできたシミの方がよく目立つ。
汗でできたシミ、そして、彼らの服は、今も、汗で濡れていた。
肉体労働、慣れた者でも辛い、それは、彼らの身も心も、蝕んでいく。きっかけさえあれば、すぐに牙を剥き出す。
「おい、賃金を誤魔化してるってのは本当か?」
難民の一人が、南部の軍人に詰め寄り、
「俺たちは、お前らの奴隷じゃねぇー!」
と囃し立てる者、
「そーだ! そーだ!」
さらに煽りだし。
荷捌き場の空気は、限界を迎えようとしていた。
イザベルは、「働かざる者、食うべからず」と言っていた。
確かに、それは、一理あるが、違和感を感じ得ない。
確かに、人は生きる為に、働くという面もある。
だが、それだけが、目的ではないはずだ。
ある者は、夢を叶えるため、また、ある者は、家族の笑顔の為に、労働に勤しむ。
誰もが、幸せになりたいと願っている。
何よりも、この言葉は、無慈悲で思慮に欠けている。それは、「働けない者はどうなるのだろう?」と疑問を産む。
「俺たちは、奴隷じゃない!」
難民の労働者が叫ぶ言葉が、俺の胸に響く。
「ちっ、あの野郎、煽りやがって、めんどくせぇ……、たく、やな役回りだぜ」
おじさまは、一歩前に出る。
その腕を掴む。
おい、それは無理だろ?
心配そうに見つめる俺に、
「大丈夫さ」
と彼は答えた。その視線の先、荷捌き場の二階の踊り場に人影、それらは、弓を構えていた。
「一応、軍人なんでな、暴徒を収める術は、心得ている、それが現実さ」
肩をすぼめ、苦虫を噛み締めたあと、大声で
「お前らを、安い賃金で働かせてるのは本当だぜ」
と口元を緩め、悪びれもなく彼は物を言う。
その言動に当然、難民の労働者が標的を変えた。
彼へと向かう筈だった暴力は、弓矢の威嚇斉射で静まった。
彼と難民達の間に弓矢が幾本も突き刺さる。
誰も傷付いてはいないが、これは……。
「お前ら、勘違いするなよ! ここは、南部の商館だ、悔しかったら、自分の街を取り返せ!」
彼は軍人らしく、どう猛に吠えた。
「くっ」
難民から苦悶の声が聞こえる。
彼らは、現実を思い出し意気消沈した。
俺にも、わかる、それは、彼らのせいではない筈だ!
彼は、結局、力で押さえつけたのだ。
「南部の軍人さん、それは、あんまりだわ」
俺は荷捌き場に躍り出て、おじさまと難民の間に立った。
「まあ、これも仕事なんでな、それに……」
「邪悪な姫君がいるぞ!」
おじさまの言い訳を暴徒の声が搔き消した。
【邪悪な姫君】最近、ついた、俺の二つ名だ。
まあ、ダークヒーローは嫌いじゃないが……。
「全部、アイツのせいだ!」
「南部は、邪魔するな!」
誰かが小石を投げてきた。
それは、背中に当たると床に落ちた。
「おい、あいつをつまみ出せ!」
おじさまの指示も、難民に囲まれた兵士達には酷だった。
「南部は、手を出すな!」
何処からか声が、また上がる。
「邪悪な姫君は、王国から出て行け、全部、お前のせいだ!」
宗教国家の教国が、神敵の帝国との戦争をやめ、更には、協力する素振りさえ見せているという、噂がある。半分本当で、半分不確かな話。
そして姫さまのお抱え魔法使いは、実はエルフで、【邪魔な姫君】に違いないという噂、以前、演説で顔を晒したのが失敗だったのかもしれない。
いずれにせよ、それらが【邪悪な姫君】のお伽話と相まって、戦争の原因、は俺ということらしい。そんな、噂が町には蔓延している。
なんてことだ、俺が原因だなんて、知らなかった、ほんとっ、ビックリだ!
「出てけ!」
「出てけ!」
いっ時でも共感を覚えた難民たちは、俺を拒み大合唱だ。
いくつも、いくつも、石が背に、頭に当たる。
ああ、全然痛くないね、俺にダメを入れたきゃ、聖剣でも投げるんだな!
「おい、お嬢ちゃん、大丈夫か?」
気付くとおじさまが覆い被さり、俺を守ってくれていた。それでも、石は止むことはない。
ちゃんと掃除しとけよ!
って、だめ!
「チビ、やめて!!」
俺は、全開で駆けチビに抱きついた!
その時、勢いで、おじさまは激しく吹き飛ばしてしまう。
ごめんな!
でも
「チビ、だめ!」
「おい、あの獣人……」
心無い声が途中でやむ。
彼は、恐怖したのだろう。
俺だってそうだ。
チビのこんな表情……。
可愛い顔を台無しにして、牙を剥き出し、身体は怒りで震えている。
彼女が吐息を吐くたびに、魔獣の青白い炎が微かに伴う。
彼女は、顕現していないが、その迫力は、フェンリルそのものだった。
「チビ、お願い、もう帰ろう」
「ふぅー、ふぅー」
彼女は、興奮して言葉もままならない。
噂は知っていた。
数日前から、俺を見る町の人たちの目が違う。
陰口もよく耳にした。
だから、あまり、外には出ないようにしていた。
会議もそうだ、皆に、迷惑かかるかもと……。
本当は皆も……。
荷捌き場の騒ぎは、チビの迫力で静まり、あとの処理は南部の軍人がしてくれた。
人影が無くなった夜、大河の川辺に、俺は佇んだ。
湿気を含む、夜風が何より心地よい。
一緒に連れてきたチビを抱き寄せると、暖かい。
昼間とは、別人の彼女は、とても穏やかで、可愛らしい。
今も、ほら、頭を撫ででやると、目を細め、白銀の尾を揺らす。
一人の心無い一言は、世界が敵のように思わせる。
流石に俺も皆がそうだとは思わない。
クッソ!
小石を拾い力一杯ぶん投げた。
世界は広い、そんなことは、言われなくて理解している。余計なお世話だ。
クソ! クソ! クッソ!!
それでも、世界は、俺の立つ場所と、その周りに限定される。小さな世界は、俺の全てに違いない。
理性は違うと訴えるが、感情は全てを否定し、大声で「世界は、お前を嫌っている」と叫び、俺の全てを否定する。
それだけなら、まだ、強がれる。
俺は、そんなに弱くない!
でも……。
「ご主人、泣いちゃ、ダメ……」
チビの心配そうな目、尾は力なく垂れていた。
「泣いてなんかない」
ばっ、馬鹿野郎ぅ、ぐすっと息を吸い、チビの頭に手を置いた。
彼女の耳がくすぐったいとピクピク動く。
小さな世界、そこに居場所が無くても構わない!
「そんなことより……」
言葉をつぶやき、手は、小石が、見つけられず、地面を這った。
レティシア、ジークにエドが俺をホントは疎ましく思っているのでは無いか……、
クッソーー!
やっと見つけた最後の石を、立ち上がって、目一杯、遠くへ、ぶん投げる。
仲間を疑ってしまう自分……、
それが、一番、耐えられない。
だから、世界を敵にまわしても構わない。
「よしっ、決めたっ!」
チビの手を引っ張り立たせ、キョトンとしている彼女に、決意を述べる。
「存分に暴れてもらうわよ、チビ」
彼女は、白銀の尾を、ふぁさっと揺れし、そこで生まれた風か、俺を心地よくさせた。
帝国が、誰に喧嘩を売ったのか、それを世界に教えてやらねばなるまい。
その時の表情は、自分でもびっくりするぐらい、残忍な笑顔だったに違いない。
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