第79話 魔女
ノックもせずに扉を開く。
テーブルを囲んで人が座っている。
会議中だったようだ。
元はイザベルの執務室だった壁には世界地図がある。正確さを何より求めらるそれは、世界を描いた絵画というのが相応しい。
不正確さは、世界を知らぬ俺でも一目瞭然だ。
南部は大きく壮大に、それ以外は、何処か歪……特に西部のニーベルン城であろう城より先の山脈を、越えた所の西側は、森と雲ばかりで何もない酷い有様だった。
その地図を背に、イザベルとレティーシアは椅子に腰掛け、俺を見る。
突然の訪問者に部屋は静寂に包まれた。
息を大きく吸い込み、ゆっくりとあたりを見渡す。
ジークにエド、髭のカラム、そして伯爵もいる。
その他に、見知らぬ顔がいくつかあるが、それも都合が良いだろう。
すくにでも、王都に行って、帝国をぶっ飛ばしても良かったが……。
それじゃ、あんまりだろ?
なんか、かっこ悪いじゃん。
「話があるから聞いて頂戴!」
ドーンと登場、ドーンだ!
「ちょうど良かったわ、私たちもソフィアさんに話があるのよ」
イザベルが口を開く、隣のレティーシアはうつむき加減で目が合わない。
彼女とは、最近、口を聞いていない、いつも、忙しそうだ。
だから……。
「昼間のことは気にするな、すまなかった」
席を外し、エドが近づいてくる。
あら、いたのね。
「昼間のことは、忘れて頂戴」
あれは、忘れろ、エドワード。
だって、恥ずかしいーし……。
パンツ脱ごうとする姿なんて、ダメじゃん。
「いや、私がついてさえいれば……」
ん? そっちか……、まぁ、いーや、お前のせいにしておこう。
「そーよ、バーカ」
彼の尻でも蹴とばそうかと距離を詰める。
それを邪魔する、騒がしい気配!
チビはブルンブルンと尾を振って大歓迎モードに突入しそうだ。
精神年齢は一緒だからな……。
「師匠〜っ!」
「師匠〜っ!」
パタパタ、ドタドタと息ぴったりの少年、少女の懐かしい声が俺にまとわりついてきた。
誰だっけ、お前ら?
「師匠、もしかして」
おさげを揺らし、少女が可愛らしい小さな口を尖らせる。
「忘れちゃった?」
少年が、キュッと俺の腰に抱きつき、
「私達のこと」
少女が続いて腕に巻きつき、あどけない身体を主張した。クララ、お前、完敗だぜ……、小学生に……。
あと、お前ら、セリフのリズム、ぐちゃぐちゃだ!
でも、それだけ、ショックだったということか……。
可愛そうに思い。
「アンアンね」
と告げてあげるが、
「私の名前は?」
「僕の名前は?」
止せば良いのに、二人はしつこく聞いてくる。
知るか! ボケ! 面倒くさい!
と言うときっと泣くので、エドワードに片目をつむって合図を飛ばす。
それでも、彼は、勘が悪いのか、馬鹿なのか、エドワードだからなのか、察してくれない。
ほれ、エド、言ってやれ、言ってやれ!
もう一度、片目をパチクリすると、
自分の不甲斐なさにか、はたまた、俺の物忘れの激しさにか、顔を赤くし横を向く。
もうぉ、短気は損気だぞっ!
それでも、止まぬアンアン達の、キラキラの純真無垢さが、俺にはイタイ。
ごめんねっ! と頭を叩いて、テヘペロをする前に見知らぬ女性の声が俺を助けてくれた。
「もうっ、アンナ、アントニー、席に着きなさい」
初対面の女性と目が合う、彼女は、おっとりした微笑を湛え、頭を下げた。
「魔女さまーー」
二人は声を揃えて彼女の元へと戻っていく。
相変わらず騒がしい奴らだ……。
席についても、興奮が収まらないおさげの女の子、アンナは、上半身を前後に揺らし、シュッ、シュッと口ずさみながらパンチを繰り出すのにご執心だ。
その度に、となりの、魔女さまーー、におさげがペシペシと当たる。
「あらあら、ソフィアさんには、弟子が、大変お世話になったようで、
彼女は、そう言うとゴツンとアンナの頭をを叩いた。
アンナは、テーブルに顔面をぶつけ、動かなくなった。
きっと気を失ったのだろう。
自業自得、
落ち着きが無いからだぞっ!
さぁ、茶番はここまでだ!
「ねぇ、私の話を聞いて頂戴!」
俺の決意を聞け!
「私が先よ!」
イザベルだ。
「あらあら、私の話の方が先っ!」
魔女さまーー、が割って入る。
くそ!
こいつら!
自己主張の塊じゃねぇか!
「私の話が一番なのよ!!」
くそっ、俺に譲れ!!
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