第75話 戦いと戦争
王都、謁見の間にて、
カニングは、商人の報告に満足気な表情だ。
「もう、いい、退がれ」
腕を扉の方に差し出す。軍服の腕の裾から覗く、異常に細い手首、彼の肉付きの少ない顔は、笑みを湛え、それが不気味だ。
「へ、へい、では」
商人は、怯えながらもちゃっかりと褒美を要求する。
「あとで、送る、不満か?」
「いえ、そのようなことは、では」
商人は、畏まり、慌てて退出した。
「相手も手際が良いようだな?」
「そうですね、閣下」
王国侵攻軍総司令レイダーの問いに嬉しそうに答える参謀のカニング、それに疑問を感じ、
「貴様は、策に失敗したのに嬉しそうだな?」
とレイダーは再び問う。
「ガハハハ、次は、俺が一気に交易都市を殲滅してくれよう」
割って入ったギディオンが高らかな笑い声。
「ふん、貴殿の出番はまだですぞ」
とカニングは冷ややかに否定した。
「ほぉ、聞かせてもらおうか」
「はっ、閣下、私めの策は、これからが見どころでございます」
「負け惜しみを申すな! カニング! 貴殿の策とやらは、いつもまどろっこしくて、俺は嫌いだ、南部の援軍が到着する前に、ドーンと攻めれば終わりだろ?」
「それは、同感だが、今は黙っていろギディオン」
ギディオンの勢いを総司令官のレイダーは片手で制する。
ぐぬぬぬというギディオンの歯ぎしりを、蔑むように見ながら、
「ギディオン、貴殿は突っ込むばかりで、私に言わせれば面白くない、でも、ちゃんと出番は準備します。残念ですが、あなたは、とても強いですからね、その時は、存分に腕を振るって頂きたい」
「では、いい加減、貴様の策とやらを申してみよ! 難民による兵糧攻めでは無かったのか?」
「閣下、交易都市の手際の良さには、私めも感服いたしております。だからこそ、それが、私めには嬉しくてたまらないのでございます」
レイダーは、死神のような、その痩せた顔に、悪魔のような、ねっとりと陰湿の表情で、こう述べた。
「難民には、こちらの間者を潜り込ませてます」
「おぉ、町に火を放つのだな、そこで俺の出番……」
「ギディオン、貴殿は黙ってなさい、それでは、面白く無い!」
話の腰を折られ、レイダーは激昂する。
「閣下、私はそのような不粋な策は取りませぬ」
「いや、俺も、ギディオンの策で良いと思うぞ」
「ふふふ、閣下もお人が悪い。間者には、噂を流布させるのですよ、閣下もご存知のはず、人の本性というものを」
「やはり、お前、一回死んでみるか?」
「ご冗談を、私は、一兵も失わず、都市を攻略して見せましょう、人の心、その地獄を見せて差し上げますよ」
「そして、我らは、王国の民に歓迎されるという訳か」
「感服いたします、閣下」
「やはり、お前、一回、死んだ方が良いぞ、つまらん策だ」
「では、俺が出陣いたしましょう」
「ギディオンは、当分、ここで兵士の訓練に励め! カニング、貴様の策をこのまま続けよ、そして地獄とやらを再現せい」
「はっ、流石、レイダー閣下でございます。見事、奴らを地獄に落として見せましょう」
「そんなぁ」
「そお、悔しがるなギディオン、これは、戦いでは無い、戦争なのだ、より残酷、より残忍の方が勝つのだとお前も知れ!」
三人のやりとりを聞く、衛士の額に一粒の汗が流れる。
すぐに交易都市には、様々な噂が飛び交い、人々は、心を乱しはじめた。
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