第74話 価値

 難民は受け入れる。


 これ以外の選択肢は無い。


 俺は、上空から一気に急降下する。

 衝撃を受け止めた川面が大きく歪み、巨大な水柱が辺りに雨を降らせる。そのまま、勢いを殺し前に進み、ゆっくりと膨らむスカートを気にしながら船着場に着地した。


 商館側の船着場で仕事をしていた人々は、突然の出来事に騒ぎ始める。


「おい! そんなに慌てて、何かあったのか?」

 駆け寄って来たのは、エドワードだ。

 少し離れた距離に立っている彼をしげしげと眺め、まだ、ほっつき歩いてたのか……、と思い先を急ぐことにした。


 付いて来る気配がないので、振り返りキッと睨む。

「急いでレティーシア達の所へ行くわよ! 付いて来なさい!」

「あ……はい……」

 おどおどした挙動を見せ素直に返事するエドワードが微妙に怖い……が、こいつは役に立つかもしれないし……


 ん? そもそも、今回の件で、俺の出番があるのか?


 船着場から商館一階の荷捌き場へと早歩きで進んでいると、背後に怪しい気配を感じた。エドワードでは無い、別の気配だ。


 その気配は、真っ直ぐに俺の尻を狙っている。


 しかし、甘いぞ!


 俺は、気づかない振りをして、その腕を掴み、

「ひゃっ!!」

 と悲鳴をあげた??

 腕を掴んだが、勢いに負け尻を撫でられてしまった。

「嬢ちゃん、まだまだ、だな」

 南部の軍服を着たおじさまが横に並んで来た。


 くっそ〜、力を加減し過ぎたか……

 反撃する為に重心を低く構え、脇を絞って拳を握り、おじさまを上目遣いで睨む。


 命乞いをする機会を与えてやろう。


「なんか用?」

 世が世なら、セクハラでお前なんかクビなんだからな! 南部のコンプライアンスなってないぞ!


 死んじゃえ!


 俺の様子に、おじさまは、両手を振りながら、

「すまん、すまん、悪気は無かったんだ!」

 と謝罪し、言葉を挟む間を与えずに、

「そんなに慌ててどうした? お陰で、びしょ濡れだぜ。帝国の軍隊でも攻めてきたか?」

 と言うと、わざとらしく濡れた髪を手櫛で整え、ニカッと歯を見せ笑った。


 うっざぁー!


「難民が押し寄せて来たのよ」

 よく見ると軍服もびしょ濡れだ……、しかし、これは、俺が着水した時に撒き散らした水だけが原因では無いようだ。


 だって、汗臭い……


「そりゃ、大変だな……、まっ、それなら慌てなくても大丈夫だと思うぜ。嬢ちゃんも頑張りな」

 おじさまは、俺の頭にポンと手を置き、遠巻きに様子を眺めていた群衆の方へと向かって行き、何やら、説明を始めた。


 慌てなくても良いだとぉー


 先程の拳をぐぬぬと握ったまま、群衆が解散したのを確認すると、丁度、エドワードが射程に入ったので、腹パンを入れてやる。


「ぐっ、何をする?」

 彼は、大袈裟に腹を抱え、くの字になり、苦しそうだ。


 力は入れてないんだ、そんなに痛く無いはずだ……

「嘘つき」

 なんか腹が立ったので、彼の頭にゲンコツを落としてやった。


 目的の部屋に着き、事情を説明する。


 案の定、部屋にいる者たちは、落ち着いていた。


 イザベルは、カップに注がれた飲み物で、喉をうるおすと、

「その情報は、数日前に掴んでるわ、言ってなかったかしら?」

 と微笑んだ。


 そう、貿易立国であり、商人達と深い関わりをもつ南部小国家連合の情報網は、俺の索敵能力より広く、そして、深い。


「聞いてないわ……」

 俺は返事をしながら、レティーシアとジーグフリードを見る、彼らは落ち着いており、驚いたことに側のエドワードも……


 イザベルは、不思議そうな表情で返事をした。


 俺は、会議には、あまり出席していなかった、それは、レティーシアとジーグフリードを除いた仲間達も同じだ。


 だとすると、エドワードは、ジーグフリードから聞いたのか……


「そろそろ、検問所から報せが来るわね。それからは、手筈通りに進めていくだけよ」

 意外なことに、イザベルは、苦々しく呟いた。


「あら、対策はしてるんじゃないの?」

「一通りはしてるわ……、難民を収容する倉庫は空にしたし、食糧の手配も、仕事の準備も……」

 彼女は一枚の図面をテーブルに広げた。

 そこには、町に張り巡らされた水路を利用し、難民を誘導するルート、物資を輸送するルートが、ビッシリと書き込まれていた。


「仕事は?」


「難民に仕事を与えないと悪影響があるのよ。働かざる者、食うべからずって言うでしょ、あと、怠け癖が付くと、後が大変よ……、だから仕事は、町の東部を開拓してもらうわ、その他にも、そうね……、予定してるのは、肉体労働よ……」

 イザベルは、町の治安が悪化する事を懸念しているようだ。


 難民が食らい尽くすのは、食糧だけではない、仕事も根こそぎ奪いさる。

 タダ飯を食わせるのもダメだ。それでは、町民に不満が溜まる。なぜ、難民ばかり優遇するのだと……


 人間は、とても我儘わがままで、嫉妬深い生き物なのかもしれない、と改めて実感する。


 いずれにせよ、どちらかが尽きれば……、そこで、終わり、という事だ。


「食糧は、どうするの?」

 イザベルをジト目で見つめる。


「食糧は、私達が調達するわ。当ては、あるわ……」

 へぇ〜、多分あれだな、レティーシアが王印を披露した時の話合いで、南部は、援軍の他に、もう一つ策があると言ってた。この策は、王都が陥落した時から、南部は、密かに実行していたらしい。


「帝国への流通を制限してる塩を使うのね」

 海を持たない帝国にとって塩は重要だ。

 これ無しでは、人は生きていけない。


「そうよ、と闇取引するのよ、他は、本国からの援助と、伯爵には、近隣の町に援助を依頼するように言ってるわ」

 帝国と闇取引か……、いくつもの商人同士を介すれば、ここに届くという事か……


「それは、高くつきそうね。まさか、無料ただじゃ無いわよね」

 さらに、ジド目でイザベルをガン見する。


「そんなに高く無いわ、大金貨で五千枚ぐらいね……」

 彼女は目を泳がせながら、手のひらで顔を仰ぎ誤魔化そうとしている。


 黙ってやり取りを聞いていたレティーシアが口を開く。

「仕方ないのよ、私達には、難民を受け入れるという選択肢しか無いの、だから代金は、王国が責任を持って支払います」


「そんな、お金、あるの?」

 大金貨五千枚、これは、どれくらいの金額なのかピンと来ない。この世界に来てから、自分でお金を払ったこと無いからな。


「今は、無いわ……、でも、この戦いに勝てば、きっと……」

 いまいち、ピンと来ないが、今のレティーシアには、払えないという事だ。ジーグフリードが何も言わない所を見ると、辺境伯でも厳しい額なのか?


 仕方ない、俺が戦う事しか能がない、脳筋では無いというところを見せてやろう。


「これ、幾らになるかしら?」

 俺は、アイテムボックスから、ある物を取り出しテーブルにドンと置いた。

 それに、食い付いたのは、北部都市国家群のカラム青年だ。


「あら、いたのね」

 イザベルが、カラムが伸ばした手をビシッと叩く。


「君に、この魔石の価値が分かるのか?」

 いつも、おどおどしてるイメージの彼は、いつに無く強気だ。


「な、何よ……、カラムの癖に、魔石の価値なんて知らないわよ!」

「なら、僕に、その石をもっと側で見せてくれ!」

 カラムは、俺の出した石を手に取り鑑定すると、目を輝かせた。


「これは、ドラゴンの魔石ですね、しかも、ただのドラゴンじゃない……、込められている魔力が桁違いだ。この魔石なら、大金貨十枚の価値がありますよ」

 カラムの鑑定結果は、大金貨十枚か……

 名残惜しそうにするカラムから石を取り上げる。


「残念ね。それじゃ足りないわ」

 イザベルは憐れみ、

「ソフィア、私なら大丈夫よ、気にしないで」

 レティーシアも甲斐甲斐しく気を使ってくれる。

 このままでは、レティーシアは借金まみれだ。


「それ、一つだけじゃないのよ」

 アイテムボックスから、五百個のドラゴンの魔石を取り出す。

 流石に、五百個は手のひらに収まらないので、部屋にぶちまける形になってしまった。


 部屋のあちこちに散らばった魔石を鑑定しながら、

「本物だ、これも、これも本物だ、まさか、全部……」

 カラムが嬉しさのあまり絶句している。


「どお、イザベルには、これで、私が払うわ!」

 どうだ参ったか! 胸をそらし堂々と宣言した。


「私は、別に良いけど……」

 イザベルは、レティーシアに視線を向け、

「ソフィア、ありがとう」

 彼女は、それを了承した。


「ソフィアさん、この魔石をどこで……、まさか、これ全部、倒して得たんですか?」

 我に返ったカラムが、馬鹿な質問をしてきた。


 そんなの、当たり前だろ!


「全部、倒したに決まってるじゃない」

 えっへんと身体をそらし、鼻の下を指でこすり、苦労したレベル上げを思い出す、天空大陸で古代竜エイシェントドラゴンを倒した日々を……、あいつら、弱い癖に経験値、たんまり持ってたからなぁ〜


「世界に数匹しかいないと言われる古代竜エイシェントドラゴンを五百頭なんて……」

 なんか、皆の目がとても冷たい。やばい、なんか、古代竜が少ないのは、俺のせいみたいな空気だ。

 このままでは、欲で希少動物を絶滅させた悪人にされてしまう……


「バカねぇ〜、冗談に決まってるじゃない、拾ったのよ、拾ったの!」

 バーンと隣にエドワードを叩いた。ちょっと勢いをつけ過ぎたので、彼は床にはまっている。

 しょうがないので、ヒールを掛けながら、

「やーねー、床、腐ってるわよ、イザベル」

 と自らの頭をコツと叩いてテヘとベロを出して誤魔化した。


「あなたが、古代竜エイシェントドラゴンを絶滅させたのね……」

 と皆の目が非難してくる。


 やだなぁ、違うってば!


 こうして、難民を受け入れが始まった。

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