第72話 せせらぎを聞きながら

 目の前を流れる大河は、北部の峰々を水源とし、大陸を東西に分断していると聞いている。

 その川面には空が綺麗に写り込み、悠久の時を感じさせ、遠くに見える対岸が壮大さを物語る。


 広場での演説の後、まとわりつく熱気を冷ます為、商館の裏手にある船着場に涼みに来た。


 ここは思ったより広く、すぐ側に突き出した桟橋には船が、いつものように停泊していた。反対側には幾つもの建物が隣接している。


 桟橋をせわしなく行き交う人々から離れ船着場を歩く。

 ふと、町の広場で産声うぶごえをあげた熱気が、やがて町を覆い、さらに広がるのを想像し、忘れようと息を大きく吐き出し深呼吸をした。

 静かな場所を見つけ、船着場に腰掛け休憩する。

 川に足先をひたしたかったが、水面は意外に遠く、かかとを交互に壁にぶつかる事で、気持ちを紛らわす。


「ああいうのは、苦手だわ……」

 一人の時でも、きっちり機能する言語補正に苦笑しながら、さっきの出来事を振り返る。


 戦いに士気は、重要な要素だと思う。

 町の人たち、さらに国民の協力を得る為に、国を率いることを納得させるのも大事だという事も分かるし、派手な演出は、すぐに噂になり、国中に広がり、より、大きな力となる。


 それも理解できる。


 レティーシアの演説は大成功だ。


 あの場にいた人々は、冷静さを欠き、異常に興奮していた。まさに、狂喜と言っても良いだろう……


 それが、不安を掻き立て、恐ろしさを感じさせる……


 傍に小石を見つけ、それを投げると、予想に反して、遠く、空の彼方に消えていった。


 おいおい、マジかよ、凄えな、俺……


 もう一度、投げようと石を掴むと、先に、川面を、ポチャンと叩く音がし、

「お前は、いったい何をしたいんだ?」

 とエドワードの声が聞こえた。


 振り返ると、彼は、石を拾い上げ、手の平の上で少し遊ばせたあと、ゆっくりと投げた。


 石は、緩やかな放物線を描いたあと、真っ直ぐに水面に落ち波紋を生む。波紋は、流れに抵抗しながら消えていった。

 もう一度、彼を見ると、勝ち誇った笑みを向ける。


 ちっ、子供みたいな奴だ。


「あれ、ジーグフリード達と一緒じゃないの?」


「ジーグフリード様と姫様は、いつもの部屋で話合いを始めるようだ、まぁ、俺は、暇潰しと言った所だ。ああいうのは、あまり慣れてなくてな」

 そう言いながら、隣にゆっくりと腰を下ろした。


「へぇ〜、あんたはジーグフリードの従者だから、一緒に興奮してるかと思ったわ」

「そんなことないさ、あの光景を見て、改めて、人は魔物より恐ろしいと感じたよ」

「恐ろしい?」

「そうだ、俺たち、人は、魔物より恐ろしい……エルフのお前には、まだ、分からないか? いや……そんな事は無いか……すまない……」

 エドワードは、沈黙した。どうやら、エルフの国が滅亡した事に対して謝罪してるのか? その経緯は、あまり良く知らんが……


「別に、謝らなくて良いわ」


「そうか……」

 エドワードは、力任せに腕を振り石を遠くに投げた。

 俺は、それより遠くに石を投げ、勝ち誇った笑みを、彼に向けてやる。


「私たちは、今、ここにいるのよ。しっかりしなさい!」

 さらに、ゴンと背中を叩いてやる。バランスを崩す彼を見ながら、さらに、追い打ちをかけ、水に落とそうか、悩んでいると、

「そうだな……ただ、人は、どんな魔物よりも恐ろしい、これは本当だ。特に、帝国の歴史は、侵略の歴史。奴らは、人を殺し、土地を奪う技術を磨いてきた。お前も、気をつけろよ。強さだけでは、勝てないぞ」

 真剣な顔を近づけてきた。


 おい! キモいぞ!


 それに、心配は御無用だ!


「大丈夫よ、私の強さは、世界一よっ」

 両腕を曲げ、力こぶを作ると、彼は、呆れ顔だ。


 くそっ、言語補正と仕草補正のせいで、きっと、俺は、さぞ可愛らしいのだろう。


「お前の、その自信が……」

 キョトンとしている俺を見て、エドワードは、言い直した。


「しょうがない、危ない時は、俺が守ってやる」

 その物言いを聞き、俺は、顔を赤くした。


 照れた訳ではない!


「そんな事は、軽々しく口にしてはダメよ! それは、フラグよっ!」

 頬を膨らまし口先に、ダメよと人差し指をたてる。

 そう、怒っている、激おこなのだ!


「フラグ?」

 エドワードは、フラグの意味が分からないようだ、言語補正がちゃんと訳さないせいだ。


 何て説明すれば良いかな?


 フラグって、きっかけ? それとも、伏線? どれも、ピンと来ないかもしれない……


 何にせよ、この場面では、言ってはいけないセリフって事だな。


「とにかく、気安く女の子に、同じ事を言ったらダメって事よっ!」

 俺は、勢いよく言い放ち、ハッとした。


 当然のようにエドワードの顔が、みるみる赤くなる。


 言語補正と仕草補正が、俺の貞操を危険にさらす。もはや、悪意すら感じる。


 真っ赤になった彼は、頭から煙を吐き出しそうだ。


 慌てて俺は、船着場から水面の方へ腰を浮かし、【フライ】のスキルを発動させる。


「今度は、何を?」

 船着場に座ったままエドワードが寂しげな声で、問いかけてきた。


 あのまま、隣に座ってたら、俺の身が危なかったかもしれない。押し倒されたら大問題だ。


 でも、流石に、ここまでは、追って来れまい!


「ちょっと対岸までユニ子たちの様子を見に行ってくるわ」


「ユニ子?」


「ユニコーンのことよ! あの子たちを召喚したのは、私だからね。あと、さっきみたいな事を、軽々しく言ったらダメよっ!」

 フワフワと水面に浮きながら、腰に手を当て、彼をしっかりと叱る。


「あれは、君だから……」

 エドワードの声が聞こえるが、それを振り切り対岸へと急ぐ。全力飛行だ!


 どうやら、彼は、何か勘違いしたかもしれないが、そんな事は、絶対、気にしてはいけない!


 全力、そう全力で、ユニコーンに会いに行こう!

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