第四章 炎の物語
第71話 王国侵攻軍
王都にそびえる城、その謁見の間に、手勢を従えた一人の男が入ろうとしていた。
黒を基調とした帝国の軍服に身を包み、真紅のマントを
兵達は、緊張から硬くなり、ぎこちない敬礼をした後、扉を開ける準備に取り掛かった。
「面倒な扉だな、後で、壊すか……」
太く低い声で男が呟くと、兵達は怯え慌てはじめた。
巨大な両開きの扉を、四人の兵士が二手に分かれ必死に押している。
壮麗な石の扉は、ギッギッと悲鳴を上げながら、ゆっくりと開かれた。
扉から真っ直ぐと敷かれた絨毯の両脇に、帝国の将官達が立ち並ぶ。
赤いマントの男は、その中を堂々と歩き、奥にある、将官達が立つ床よりも高い場所へと石段を登り、王城の
男は、そこへと腰を下ろし、後から付いて来た副官が両脇に立つ。
「いちいち面倒だな、これは、必要なのか?」
男は、肘掛に身体を預け姿勢を崩し、手に顎を置くと、ため息を吐いた。
「閣下、堪えて下さい、王国侵攻軍は、この度、新しく新設された軍、このような儀式も必要かと」
痩せた男が玉座の左側から、身を屈め耳打ちをする。
「カニング、もう、良い」
玉座の男は、
「兵とは、力を示せば付いてくる、そういうものだ」
男は、玉座からゆっくりと腰を浮かし、威風堂々と立ち上がる。
「この度、王都侵攻軍を率いることになった、レイダーだ! 俺に従うか、さもなくば、死ね! 以上だ!」
レイダーは、再び玉座に腰を落とし、姿勢だらしなく崩す。
「はははは、閣下らしい挨拶ですな」
玉座の右手の立つ男は、筋肉質の武に秀でている印象、左手のカニングとは対照的な容姿をしていた。
「ふん、ギディオン、カニング、後は、勝手に進めろ」
「はっ、承知いたしました」
両脇の二人は、姿勢を正し、行事を進めていく。
皇帝からの書簡をギディオンが読み上げ、一通りの儀礼が完了し、結団式が終了する。
レイダーは、その間、欠伸をするなど、不遜な態度を崩さない。
その事に、謁見の間に集う、将官達の中には、眉をひそめる者もいた。
「続いて軍議をとり行う、はじめに……」
カニングが淡々とした口調を、遮ったのは、レイダーだった。
「その前に、言いたい事がある奴は、述べよ、聞いてやる」
レイダーの言葉に、将官達は、お互いの顔色を伺う。
一人の青年将官が、列から離れ、意見した。
「あなたの態度は、陛下に対する敬意を感じられず総司令官に相応しくない、態度を改めて下さい!」
「それだけか?」
青年は、レイダーの返事にキョトンしている。
「そうか、なら、他に、意見ある奴は、いないか?」
レイダーは、席を外し、石段を降り青年の方へと歩いていく。
「儂も、態度を改めてもらいたい」
王都攻略の責任者だった老人が列を離れ、青年の脇に立つ。
「ふん、王都の制圧は、大変だったらしいな、その労はねぎらってやろう」
レイダーは、嫌味な笑みを浮かべた。
「なんだその態度は、失礼に程があるぞ!」
最初に意見した、青年の周りに、さらに数人が集まった。
「ふん、五人か、意外に少ないな。他に意見がある奴は、今のうちに述べよ! 今なら、聞いてやる!」
「閣下、時間がありません、お戯れは程々にして下さい!」
カニングは、冷たく、ゆっくりと言い放つ。
「カニング、そう急かすな、直ぐに、終わらせる」
レイダーは、最初に意見をした、青年の肩に手を置く。
青年は、
「わ、わたしは、た、ただ……」
「心配するな、意見は聞いてやる」
「あ、ありがとうござい……えっ?」
青年は、手刀を作ったレイダーに困惑し、首が胴体から離れた。
「俺の返事は、死ねだ!」
青年の胴体は、未だ立ったままだ、周りに集まっていた者達が、悲鳴を上げ慌てはじめる。
「き、貴様、なんてことを……」
王都攻略責任者だった老人が、剣を構え、レイダーと相対しようとする。
首無しの胴体が、倒れながら、真っ赤な血を噴き出し撒き散らす。
その間にも、レイダーが手刀で空を切るたびに、悲鳴を上げ逃げる将官達を真っ二つにしていく。
一人、二人、三人……
老人は、キンと鋭い音を出し、レイダーの手刀が創り出した見えない刃を、弾く。間髪おかず、彼はレイダーとの距離を詰める。
「面倒な奴だ……」
レイダーは、無防備な姿勢で迎え撃つ。
彼が、大きく動いた気配は無い。
それでも、突進していた老人は、自らの身体が、腹を境に上下に離れたのを、認識し困惑した。
「な、なんで……」
宙に浮く上半身が呻く、ついに、老人の剣が、レイダーに届く事は無かった。
「すまんな、手刀はサービスだったんだぜ」
床に転がった上半身を蹴飛ばすと、身をひるがえし玉座へと戻っていく。
レイダーは腰を下ろそうとした時、言い忘れた事が過ぎり、眼下に居並ぶ将官達に、再び宣言した。
「名前は、レイダー、王国侵攻軍、総司令官に任じられた男だ。皆は、俺に従うか、さもなくば、死ね! そして、この言葉を、その胸に深く刻め!」
やれやれとレイダーは、玉座に腰を降ろすと、服に付いた血を、手でこすり乾かす。
「閣下、進めてよろしいですか?」
カニングは、冷めた目つきで、謁見の間に広がる死体を見つめていた。
「相変わらずの奴だ、まずは、死体を片付けてからだ」
「畏まりました、閣下。まずは、閣下が殺した死体を片付けろ! これで、よろしいですか?」
痩せた男は、座っているカニングを見下した。
「お前、一回殺すぞ!」
「閣下、ご冗談は、やめて下さい」
二人が、会話している間に、慌てて入って兵達が、謁見の間に散らばった死体を片付け、床に溜まった血を拭き取っていく。
「閣下、軍議を進めてよろしいですか?」
「勝手にしろ」
冷淡なカニングの声に導かれ、王国侵攻の軍議が進んでいく。
最初の目標は、大陸経済の要で交通の要所である交易都市だ。
そして、その都市の全てを、焼き尽くせというのが、皇帝の勅命だった。
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