第69話 姫の戦い

 街の西門から現れた軍馬の列に人々は固唾を呑んだ。


「街が帝国との戦場になる」

「姫の要請に応え、辺境伯が重い腰をあげ参戦する」


 この街を駆け巡った、これらの衝撃的な報せからまだ三日しか経っていない。


 早朝、街の外に突然現れた騎馬の軍団、その数、数百頭、その姿を遠目に見た町民達は、当初、失望した。

 王都を制圧した帝国は、数万いや数十万もの軍勢で街に攻めてくるという噂だ。

 たかが数百の騎馬で、帝国に勝てるわけが無い。


 しばらくして、重い装備を身に纏い、ユニコーンのように角で装飾された二頭の軍馬は、門をくぐり軽やかな足取りで港の方へと向かっていく。


 馬に目を奪われた為、姿が見えなくなってから、騎乗していたのが王国近衛騎士団長だと人々は気付き、いっそう落胆した。


 王都を捨てて逃げた近衛に、街が守れるはずが無い。


 だが、この光景はなんだ!


 港から戻った騎馬が門の外から連れてきた、軍馬の列に、人々は心を奪われた。


 この光景は、なんだ!!


 屈強な軍馬が、二列に並び、整然と軽やかな足取りで通りを進む。

 どの馬も、尋常でない気配を漂わせていた。


 あれは、なんだ!!


 人々の本能に直接響く、只ならぬ警笛は、目の前を行く軍馬、一頭、一頭が、常軌を逸した強さを持つ事を悟らせた。


 圧倒的な力だ!


 沈黙を破り、ある者が歓喜の声を上げると、すぐに、それは伝播でんぱし、それに続く者が幾人も現れた。


 やがて、声は大きくなり、失望は期待へ、落胆は喜びへと昇華する。


「帝国を倒せ!」


 一人の男が叫ぶと、至る所から声が上がる!


「帝国を倒せ!」

「帝国を倒せ!」


 群衆は、心を一つに叫ぶ!



「帝国を倒せ!」



 騎馬と共に、群衆は膨らみながら、街の中央広場へと移動した。



 中央広場で、騎士団を迎える事になった、ソフィア達にも、熱気は伝わって来ていた。


 様々な催しに利用される円形の広場は、レンガ造りの建物に囲まれ、中央付近には舞台もあり、そこに立つと周りを見渡す事ができた。


 その舞台に立ち、騎士団を待っていた俺は、とんでも無い騒ぎに驚き、出迎えを提案したイザベルをチラリと見た。


 彼女は、期待を込めた眼差しでレティーシアを見つめると、

「あとは、姫様、お願いね」

 と声を掛け、後ろに下がった。


 その際、

「貴女もよ」

 と、俺の服を引っ張り下がらせた。


 下りながらレティーシアを心配して目をやると、彼女は、今まで、見たことのない表情で微笑み返事した。


 彼女の後ろ姿は、とても細くはかなく寂しげで、やっぱり、放っておけないと、思った時、レティーシアの纏う凛とした空気に拒絶された。


 確かに、彼女は、細くてはかなて、俺みたいなチートを持っている訳ではないし、王族の血が流れて無ければ、普通の女の子かもしれない。

 それでも、何も力が無いのに、俺と一緒に旅し遭遇した生命に関わる困難に、弱音を吐かず付いて来た芯の強い女性だ。


 いや、ちょっと違う……


 普通の女の子?

 地位?


 今、目の前にいる女の子が纏う空気は、姫様そのものであって、地位や血によって作られたものではない。


 それは、決意という意思の力に違いない。


 レティーシア姫の眼前に、三百頭の軍馬が整列し、騎士達は下馬しひざまずく、その周りを群衆が取り囲み、建物の窓からも興奮した人々の顔が覗く。


 伯爵が、俺の脇を通り前に出ると民衆が静まり静寂が支配した。


 伯爵は、イザベルからの「この地域を纏めるために、伯爵が必要」という助言を、姫が受け入れたお陰で処罰が保留されていたのだ。


 確かに、この光景を見れば、伯爵のジジイは、権力者として、利用価値があると理解できた。


 伯爵は、周囲を見渡し、独特の空気をかもし出し始めた。


「皆の者! 今日、この場に居合わせた事を幸せに思え!」

 ジジイは勿体ぶって、一拍、ニ拍と間を置き、空気を大きく吸い込んだ。


 そして、ゆっくりと大きな声で、静かに感情を乗せながら、最後には、爆発させて、こう叫んだ!


「私の隣に居られる方こそ、この度、消息不明の王の代わりに、王国を統べる事になった、レティーシア姫だ! その、お言葉を、心して聞け!!」

 伯爵が声を張り上げ、群衆に訴えると、ざわつき始めた。


 風に乗って聞こえる声には、否定的なものが多い。

 その最中に、伯爵は後ろに下がり、彼女を一人にした。


 くそジジイめ!!


 すかさず、隣のイザベルが、俺の肩を掴み手を出すなと忠告をしてきた。


 俺は、必死にレティーシアの背を見つめた!


 俺が守ると決めた女の子の背中だ!


 俺の必死の感情を無視して、相変わらず、レティーシアの纏う空気は、俺を拒絶していた。


「そこで、黙って見てなさい!」

 レティーシア姫の声が聞こえた気がした。


「そんな、一人で戦うなんて、言わないでくれ」

 俺は、心の中で叫んだ。


 戦う?


 これは、彼女の戦いなのか?


 こうして、レティーシア姫の王国を統べる戦いが幕を開けた。

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