第67話 決意

「王都西部近郊の統治責任者として、帝国との交渉を提案する」

 伯爵は、歯軋はぎしりするジーグフリードを一瞥いちべつし、僅かに口元を緩め、

「この提案は、決定事項だ」

 と述べた。


 帝国との交渉?


 先程、イザベルが姫の身だけでは、交渉材料にならないと示している。


 ジーグフリードも気付いているようで、


「王国は、帝国に降伏すると言うのかっ!」

 なり振り構わない勢いは、今にも、伯爵を斬りつけそうだ。


「儂を斬っても、何も解決せんぞ、ニーベルンの小童こわっぱが!」

 伯爵は、臆病者の笑みを浮かべ、震えた声で応戦した。

 彼は少し言葉に迫力が足りないと悟ると、

「王より、この地を預かっているのは儂じゃ! 決定をくつがえせるのは王のみと知れ!」

 と、権力による裏付けを示した。


 彼が力を誇示する時、いつも、王を強調し、与えられた権力を主張をする。それが、自分自身には何も無いと堂々と主張しているようで、とても滑稽に見える。


 そう、とても滑稽なのだ!


 だから、「ふふ……」、思わず声を出し笑ってしまった。


「貴様、何がおかしい!」

 真っ赤な顔をした伯爵に叱られてしまった。


「あっ、ごめんなさい」

 手を合わせて伯爵に謝罪した。まじ、めんご。


 俺のな態度が癇に障ったらしく、わなわなと肩を震わせ、

「儂を愚弄ぐろうすることは許されんぞ!」

 と唾を撒き散らしながら怒鳴りはじめた。


 伯爵には、何も脅威を感じられない、まだ、以前、襲い掛かってきた【赤い槍】の連中の方が恐ろしかった。

 あいつらは、自らの命を賭け戦っていた。


「誰が、許さないの? 王様? あなた? 私は、どちらの許しもいらないわ」

 貴方には、何もできないでしょっ、と返事した。


 俺の返答が意外だったらしく、伯爵は、一瞬、絶句し、隣のレティーシアに視線を移した。


「貴様、従者の分際で……身分をわきまえよ、従者の無礼は、主人の責任と思い知れ!」

 威厳をだそうと、必死で出した大声は、腹に力がこもってなく、かすれ、最後は女の子が上げる悲鳴のように裏返っていた。後ろに控える従者の男は顔を伏せ、必死に笑いを堪えている。


 俺はレティーシアを見て笑い、彼女も微笑み、やがて、

「ふふふ……」

「あははは……」

 俺たち、二人の笑い声が、部屋中に響き始めた。


「姫様、それ以上の無礼は、王を愚弄することになりますぞ!」

 伯爵の抗議も虚しく、レティーシアは笑う事をやめない、そして、自らの胸元をギュッと掴むと、真顔になり、

「帝国に屈することは許しません、伯爵」

 と言い、目に溜まった涙を拭った。


「それは出来ません、姫様には、何も権限が無い、それは、あなたもご存知の筈だ」

 伯爵は、ゆっくり自らを落ち着かせるように、レティーシアに言い放つ。


「王が不在であれば、誰が、王国をべるかご存知かしら?」

 彼女の胸元を掴む手は、更に、力が入り震えていた。


 レティーシアは、何かに怯え、いや、何に恐れ、勇気を振り絞ろうとしているのだろうか?


 伯爵は、姫の様子に、違う何かを感じ、表情が緩むも、

「王が不在であれば、王妃が統べ……」

 何かに気づき、表情が硬くなり、口を閉ざした。


 レティーシアは、その様子を確認すると、

「王妃亡き今、印を持つものが、王の代行となり、国を統べるのが決まり」

 と言い、胸元から、何かを取り出し、皆に見えるように両手で大切そうに持ち上げた。


 彼女の小さな手には、深い、とても深い緑色をした宝石があった。

 その石は、驚きを与える程の大きさは無く、宝石としての輝きも無い、それでも、石が持つ色は全てを吸い込みそうな、いや、既に、全てを吸い込み、それでも、まだ、何かを欲するような深い緑色だった。


 その石の存在に誰もが目を奪われた。


「そ、それは、まさか……」

 伯爵は、項垂れ、椅子から落ちそうだ。


「そう、この石は、王印。私の決定に従いなさい、伯爵!」

 レティーシアは、決意を伯爵にぶつけ、彼を、椅子から転げ落とした。


「し、しかし、今の戦力では、帝国には、敵いません。民のことを考えれば……」

「黙りなさい、降伏した国の民がどのような目に合うか、貴方だって知っている筈です」

 彼女の胸元で、【王印の首飾り】は、呼吸に合わせ揺れていた。


「伯爵、私も、大切な民から犠牲者は出したくありません」

「それでは、なぜ?」

「大切な者たちを守る為に、大切な者たちを犠牲にする決断をする。それが、権力を持つ者の責任、何かを失う覚悟が必要なのです。私は、命を背負う覚悟を決めました。これ以上の、異論は、許しません」

 伯爵は、床に頭を付け平伏した。


 俺は、側にあるレティーシアの手を、力強く握った。

 彼女の「命を背負う覚悟」という言葉が気になったからだ。


 レティーシアは、不思議そうに俺を眺め、他に視線を移す。


 彼女は、理解しているのだろうか、自らの言葉の意味を、俺には、その言葉の重みは解るが……


 全てを背負う事は、できない、いや、背負うという事がどういう事なのか、解らない。


 彼女も、レティーシアも同じなのかも知れない……


 それでも、彼女は、決意したのだ。


 国を統べるという事を……


「ニーベルンには、私が王印の石を隠していたことを、謝罪します」

 レティーシアは、ジーグフリードに頭を下げた。


いにしえの誓い】がどのようなものか解らないが、彼らニーベルンは、今回の王都襲来で、軍を動かさなかった事に、苦悩していたようだ。


 ジーグフリードの、あの時の様子が、それを物語っていた。


 規則や規律、この場合は、誓いだが、それを、頑なに守り続ける事が、正しいとは思はない。

 時には、規則や規律を破り、行動しなければならない。


 正しい事をする為に、法を犯すということだ。


 それを知らない、辺境伯とジーグフリードでは無い筈だ。


 それほどの【誓い】という事なのだろう。


「姫様、御命令を!」

 ジーグフリードは、謝罪には返事せず、席を外し、膝をつき、剣をレティーシアに捧げた。


 レティーシア姫は、再び俺の方を振り向き、微笑み、握る手を振り解くと立ち上がった。


 彼女は、鞘に触れ、ジーグフリードに力強く告げた。


「王国のつるぎ、ニーベルンに命じる。直ちに、軍を動かし、帝国の不届き者たちに、王国の力を示せ!」


「はっ、我らニーベルン、に命を捧げ戦う事を誓います」

 ジーグフリードは、姫に捧げた剣を恭しく引き寄せた。


 その様子を見ていた、イザベルは、深い溜息をつき、

「姫様も、人が悪いわね。王印を持ってるなんて……、まぁ、いいわ、私からも、贈り物があるわ。南部小国家連合は、もう、軍隊を派遣しているのよ。一緒に戦いましょう」

 と俺にウインクをしてきた。


 こいつ、王国が戦わないと決めたら、ここを、落とすつもりだったんじゃ……


 イザベルをジト目で見つめていると、


「貴女には、期待しているわ、ソフィアさん」

 と満面の笑みだ。


「伯爵、そろそろ、席に戻りなさい」

 レティーシアに、命令され、伯爵が席に戻る。


「それでは、攻防戦の話を進めましょうか」

 イザベルに主導権が戻り、会議は進行する様子だ。


「私に良い案があります」

 髭のカラムが発言した。


 イザベルは、心底嫌そうな目で、彼を見つめ、その様子に、彼女の執事は、何故か、嬉しそうだ。


 俺も、久し振りの大規模戦闘の予感に緊張を覚え会議に耳を傾けた。


 こうして、会議は、日が沈み、しばらくして終了した。

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