第66話 詭弁

 夏の強い日差しが、容赦なく降り注ぎ、光と影がせめぎ合う。

 光の輝きは色彩を豊かにし、それが届かぬ影は濃く、黒くなり、全てを隠す。

 商館の屋根は、照り映え真紅に染まり、飾られた連合旗が風に揺らめき、うごめく影を創り出していた。



 イザベルと出会った、あくる日の午後、南部小国家連合商会の一室に一同が会した。



 一人の女性が、レールを滑る音を響かせ、カーテンで日差しを遮り、外の世界と遮断する。

 刺繍の施されたカーテンが、窓から吹き込む乾いた風に、身をよじらせた。


 その時、見つけた僅かな隙間を、彼女は、カーテンを整え隠す。その後、振り返り笑顔を見せた。


 彼女は、イザベル、南部小国家連合商会会頭であり、連合の政治と軍事の代表者でもある人物だ。


 執事が椅子を引き、そこへ腰を下ろす。

 乱れた、長い髪を手ぐしで整え、出席者を見渡している。


 ひと時の静寂の後、


「皇帝陛下は、王国の姫がご所望だそうよ、ですよね、伯爵様」

 なびくカーテンを背に、席に付いたイザベルが開始を宣言した。


「商人風情が、何を言い出すかと思えば、帝国に何の利があるというのだ!」

 暑苦しい服を着た、恰幅かっぷくの良い白髪の老人は、そう言うと汗を拭った。


 あいつが伯爵か……


 昨晩、宿で、ジークフリードから、今までの事と成り行きの説明を受けた。


 要約すれば、レティーシアを餌に伯爵を嵌めるというのが、彼の、というよりは、ニーベルンの策らしい……


 伯爵は、配られた水に口を付けた。ご立派な服を、着てるので、さぞかし喉も渇くことだろう。

 目が合うと、彼は、コップを乱暴に置き、俺を睨んだ。


「ふん、なんか用か? さもなくば、身の程をわきまえよ!」


「彼女への、無礼は許しませんよ!」

 すかさず、レティーシアは、毅然きぜんとした態度で言い返してくれた。


 伯爵は、苦虫を噛み潰したような表情で、


「申し訳ありません」

 と小さく謝罪し、うつむいた。


 コップから溢れた水を従者の男が布で拭き取り、伯爵の背後に戻っていく。


 従者は、皆、各々の主人の背後に控えていた。唯一、帯刀を許されたジークフリードの従者である、エドワードも然りだ。


 しかし、俺の立場は、姫の従者という事らしいが、レティーシアの隣に席を与えられていた。


「伯爵様は、彼女をご存知ないのかしら?」

 イザベルは、さも不思議そうな表情を作り、言葉を続ける。

「彼女の参加は、あなた以外の参加者全員の総意よ」

 強い口調で真顔になった。


 イザベルの執事、確か名前は、セバスが、慣れた手つきで、封が切られた手紙をイザベルに渡した。

 その様子を見た伯爵の眉が大きく動く、当然だ、彼にはそれが何か分かっているのだから……


「この書状は、あなたが私に宛てたもの、内容はご存知よね」


「ふん、そんなものは知らん!」


「私は、あなたに【赤い槍】という名の傭兵団を紹介したわ」

 彼女は、ジークフリードに一礼をした。


「我々は、道中、【赤い槍】に襲われました、彼らは、前金として、大金貨五枚、姫様の拉致が成功すれば、大金貨五十枚という大金で仕事を請け負ったと言ってました」

 ジークフリードの視線は、真っ直ぐ伯爵を捉えていた。


「儂が命じたとでも申す気か! だとしたら、そこの女狐も同罪ではないか!」

 伯爵は、怒りでテーブルを叩きつけた。側のコップが跳ね、飛沫しぶきを散らす。

 彼の執事は、再び布を手にして少し動き、躊躇ためらい、結局、拭くのを諦めた。


「あら、私は、護衛の為だと思ってましたわ。まさか、襲わせるなんて……そんな、恐ろしい事、想像もできませんわ」


 前日に事情は聞いていたが、彼女の演技は正に女狐と言うに相応しいかもしれない。

 彼女の友人である髭のカラムも、少し呆れた表情をしている。

 彼は、伯爵に協力した彼女を心配して、罪を問わないようジークフリードに懇願していたそうだが……、彼女の方が、上手だったみたいだ。


「姫を差し出せば、帝国の侵略は止まる。無駄な争いはせず、戦争が終わる。国を思えば、それが一番ではないのか? そんなに、血を流したいのか、お主らは!」


 日が雲に隠れたようで、部屋が暗くなる。

 明るさの急激な変化に、皆の表情を読み取ることができなかった。


 伯爵の言い訳にも一理ある。

 不用意に王都を落とされた責は、やはり王にあるだろう。

 その上、東部の情勢を聞く限り、帝国は無駄に命を奪ってはいない……それでも、俺は……。


 レティーシアは、胸元を握り、深刻な表情だ。


「そんな理屈は、通らないわ!」

 俺は、伯爵を否定し、自らの感情を優先した。


 嫌なものは、嫌だ!


「ソフィアさんの言う通りよ、伯爵! あなただって、知ってるはずよ!」

 イザベルが、声を荒げた!


 そういえば、彼女は、帝国が交易都市を落し、南部に侵攻する事を懸念していた。

 無傷で交易都市が帝国の手に渡る、彼女に……南部の人々にとって、それが一番最悪だといってもいいだろう。


 興奮した、イザベルは、立ち上がり、身振り手振りを交じえながら熱弁をふるう。

「帝国内部には、長年に渡る教国との戦争で不満が溜まっているわ、今回の王都侵攻は、新しい領土を得て、褒賞として配る為、だから、姫様、一人、渡しても戦争は、止まらない、きっと戦禍は、大陸を超え、世界に広がるわ!」


「それは、連合の言い分じゃ、今、ここには、帝国に抗う術はない! それも、王国の盾になるべきニーベルンが、直ぐに動かないからじゃ! 姫様を守れなかった責は、ニーベルンにある!」

 伯爵も立ち上がり、腕を突き出し、ジークフリードを指差した!


「我々は、王都を奪還すべく北に向かっている、それを邪魔したのは貴様だ、クレメント伯爵!」

 ジークフリードは、傍に置いた剣の鞘で床を叩く。


 かなりの迫力だが、伯爵は怯まない。


「詭弁はよせ、ニーベルンの息子よ、王都陥落は紛う事なき王国の危機、辺境は、軍を直ぐに動かすべきじゃ! エルフに対する備えや、兵糧の準備などという言い訳は通用せんぞ! ましてや、北にいるであろう王と連携をとるなど理由にならん! 貴様らの所為じゃ!」


「くっ……我らニーベルンの軍は【いにしえの誓い】により、王の命がない限り、たとえ国が滅びようとも、辺境を出ることはできない……」

 ジークフリードの声は、いつになく小さく、弱々しかった。


 レティーシアは、相変わらず自らの胸元をギュッと握り、この状況に耐えていた。

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