第65話 会談前日

 女性の必死な叫びが、辺りの雑音を突き破り、背中を強く叩いた!


 俺は、何事かと振り返る。


 隣の建物からは人が吹き飛び、通りを歩く人々が驚き騒ぎはじめていた。


 声の主は、すぐに見つけた。


 いや、違う……


 その存在が「声の主は私だ」と教えてくれた。


 騒然とした通りを背景に、一人の女性が悠然と立っている。


 人が吹き飛ぶという物騒な出来事より、彼女が気になってしょうがない。


 だから、そんな彼女を見てしまうと、雑音は消えた。


 目が合い、彼女はニッコリと微笑み、歩きだす。


 逃れられない距離になると、まるで音信不通だった友人との再会を喜んでいるような表情で両手を広げ、


「あなたに会えて嬉しいわ」

 と抱きしめられた。


 彼女との出会いは、強引だった。


「ちょっ、ちょっと放してっ!」

 腕を突っ張らせるも、彼女から離れることができない。


 そればかりか、抱きつく力は、更に強くなる。


「く、苦しい……」


「あっ、ごめなさい」

 彼女は、腕を伸ばし、抱擁から解放してくれた。


 それでも、両肩に置かれた細い腕が、俺を逃さないという、意気込みを語っている。


 後ろから、チョンチョンと肩を突かれ、


「誰?」

 とレティーシアが、脇から上目遣いで覗いてくる。


「誰って……あなた、誰よっ⁉︎」


 謎の女性は、自らを指差し顔を傾げた。


「誰って、私は、イザベルよ」

 当然でしょっ、と返事する彼女には呆れるばかりだ。


「どこの、イザベルよ」


「そこよ」

 イザベルは、隣の建物を指差す。


 違うだろう!


「何者よ、どうして、私を知ってるの?」


「私は、南部小国家連合商会、会頭で、あなたの噂は有名よ、銀髪の魔法使いさん」

 彼女は、そうでしょっと相槌を求めた。


 商人のお偉いさんが、何の用だろう……


 ゼーハーと荒い息が聞こえ、身なりの整った老人が、話に割り込んできた。


「お嬢様、待って下さい」

 老人は、イザベルの肩を優しく掴み、息を整えようとしている。


「ソフィアさん達は、北部の髭に会ったのでしょ……じゃぁ、北の船に乗るように誘われたのかしら、そうでしょ、そうなのね! じゃ、行くわよっ!」

 彼女は、俺の腕を引っ張り歩きだした。


「えっ! どこに行く気よっ!」


「決まってるでしょ、カラムに会って話をするのよ」


「お、お嬢様、いきなりは、少し……」


「もうっ、セバスは黙って付いてきなさいっ!」

 イザベルは、老人をメッと叱りつけ、強引に先を急ぐ。


 レティーシアが小声で、「どうするの?」と耳打ちしてきた。


 彼女の言う通りだ、今、あの部屋に行くのはマズイ……


「今は駄目よ、ジークフリードとカラムが……」


「あらあら、ニーベルンの御子息もいらしゃるの……カラムの奴、私を除け者にする気なのね……二人で何をしてるのかしら?」


 えっ、何って、やだぁ〜、


「そんなこと、言えないわっ!」

 正確には、三人いるんだけど、あの部屋……


 駄目だ、脳が腐る、


 駄目よっ!


「ねぇ、どうするの?いいの?」

 レティーシアの声で、意識を取り戻した。


「腐」とは恐ろしいって、


 ここは、ダメ! 部屋の前じゃん!


 イザベルが、ドアノブに手をかけている。


「ダメー!」

 懇願の叫びは、彼女には届かない。


 仕方がないので、目を閉じ、顔は手で隠した。


 だって、見たら、腐っちゃうっ!


「何してるのよ!」

 部屋の惨状、いや、情事か……を見たであろう彼女は、部屋にいる者たちを非難した。


 当然だ。


 だから、ダメって言ったのに……


「イザベル、君は、何しに……」

 カラムの悲痛の叫びだ。


 知り合いに見られるのはショックだろう。


 南無三! 成仏しろカラム!


「ソフィア、君は一体……」

 ジークフリードは、困惑しているようだ。


「取り込み中、ごめんなさい……」

 声から顔をそらし、誠意を込め謝罪した。


「イタタタ、イザベル、髭を引っ張らないでくれ」


「似合ってないのよ、早く剃りなさい、でないと、むしるわよ」


「イザベル、君の用件はなんだ、どうせ、君のことだから、なんか策があるんだろう?」


 問いに答えた、イザベルは、皆に衝撃を与えた。


「そうよ、伯爵が来るわ、皆で話合いをしましょう」


 えっ、やだぁ、伯爵のおじ様も来るの……


 更に、彼女は、


「帝国が、近いうちに攻めて来るそうよ、身内の駆け引きは終わりよ!」


 と告げた。

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