第64話 南部の人々

「よし、決めた! 行くわよ、セバス、ついてらっしゃいっ!」

 イザベルは、ソファーから勢いよく部屋の外へ飛び出していく。


「えっ! お嬢様、待って下さい、本国ですか?」

 セバスと呼ばれた執事は、慌てて、後を追いかけた。


「本国なんで?」

「帝国が、ま、待って下さい、お嬢様!」


「いやよ! 早く、いらっしゃいっ!」


 開け放たれた扉の奥から、二人の掛け合う声が遠ざかっていく。


 テーブルの上には飲みかけのお茶が置かれたままだった。


 部屋を出て飾り気の無い廊下から、みしみしと階段を下ると一階の倉庫に出る。

 そこには、通りに面して店舗、反対側には水路があり、大勢の人々が荷捌にさばきで喧騒けんそうとしていた。


 颯爽と歩くイザベルに、次々に声が投げられる。


「お嬢様、お出掛けですか?」

「先日の件は、どうしましょうか?」

「お嬢様!」

「お嬢様!」


 イザベルの行く手を阻む者は無く、代わりに、彼女の追っ手は増える一方だ。


 群衆の中、一番必死なのは、執事のセバスだ。

 彼女との距離は、縮まるどころか、ここへきて離れる一方だ。


「お嬢様、待って下さい! こら! 邪魔じゃ!」


「セバス爺、散歩か?」

 空の台車を押した中年の男性が、息を切らしそうなセバスを揶揄した。


うるさいわい! 黙っとれ! 道を開けんか、馬鹿者!」

 顔見知りから揶揄され、真っ赤な顔で怒鳴り、ゼェゼェと息を切らした。


 誰もがイザベルに道を譲る中、先頭の彼女を強引に立ち止まらせる不届き者がいた。


「ちょっと、退いてもらえるかしらっ!」

 彼女の不機嫌な表情に、男は酒瓶を見せ、道を譲る。


 素直に譲ったことで機嫌を直し、再び、早足で歩きながら、男の持つ酒瓶を彼女は観察した。


「あらっ、珍しいお酒ね」

 彼女は、酒瓶の感想を告げた。


「そうでしょ、味も中々なんすよ」

 男は、歩きながら両手で瓶を掲げ、うっとりとし、何やら懇願の眼差しでイザベルを見つめた。


 その表情に、彼女は苦笑して応じた。


「そうね……良いわよ、買い占めなさい!」


「流石、お嬢様っ!」

 男は返事を聞きバンザイして振り返り、仲間達は、ヒャッホーと彼を讃えた。


「商品なんだから、飲んじゃだめよ」

 イザベルが忠告するが、彼らの喜びが収まる気配は無かった。


「飲んじゃ、ダ、メ、よ!」

 一瞬立ち止まり、指で念を押し、先を急ぐ。


「はーい、分かりました、お嬢様」

 男達が声を揃え返事をし、その後の笑い声が背後から、彼女を追いかけてきた。


 深いため息をしてから、


「ちゃんと、儲けるのよ」

 イザベルは、手を振りながら、背後の声に別れを告げ、倉庫には、どっと歓声が響いた。


 そのせいで、最後尾は、ますます、大渋滞だ。


 その為、イザベルを見失い、ついに、セバスが切れてしまった。


「馬鹿者供! 道を開けんか!」

 殺気立った大声が全てを覆い、それが静寂を呼ぶ、何事かと、声の主、セバスに視線か集まり、

 注目された彼は、道を塞ぐ者を一人、掴み、勢いよく前へと、投げ飛ばした。


「やべえぞ、爺さんが切れたぞ、皆んな、道を開けろ!」

「爺さんに道を譲れ」

「道を開けろ!」

「早く、散らばれ、殺されるぞ!」


 男達は、口々に声を掛け合い道を譲る。


 その道を、ゼーハーと息を乱し、セバスは一気に駆け抜け、通りに出るところで、哀れな生贄の胸ぐらを掴み、

「お嬢様は、どちらの方に行かれたか?」

 と尋ねた。


 酒瓶を抱えた男が、オドオドと方向を指で示して答え、セバスは、商館を後にした。


 通りに出たイザベルは、青い屋根の建物から、銀髪の少女が出て来たのを見つけ、彼女にしては珍しく大声を出し、呼び止めた。


「そこの貴方、待ちなさいっ!」

 銀髪の少女は、振り返らない。


「ソフィアさん、待って!」

 この機会を逃したくない!


 彼女は、もう一度、叫んだ!


「ソフィアさん!待って!」

 イザベルの声は、銀髪の少女に届き、彼女は振り返った。

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