第59話 小鳥

 橋の欄干で羽繕いする小鳥は、目が合うと固まり、更に近づくと我に返り、慌てて水路を行き交う荷船へと避難した。


 雑踏をかき分け、ジークフリードを追いかける。


「ねぇ、レティーシアは、この町に来たことあるの」


「いいえ、ないわ……」

 俺の問いに、彼女は短い返事をした。


 しばらく見つめていると、いつもの作り笑いをし、


「私は、王都から……、いいえ、城から出ることは許されて無かったから……」


「えっ、じゃあ、あれとはどこで知り合ったの?」

 彼女が親しそうに愛称で呼ぶジークフリードを顎で指す。


 当のジークフリードは、人混みに隠れ姿は見えないが、相変わらずの存在感だ。


 彼とすれ違う女性達は、振り返り、口を小さな手で隠し、きゃっきゃっと小鳥のようにさえずっている。


「あれって……」

 レティーシアは、クスッと苦笑し、コラッと俺の頭で手のひらを弾ませた。


「ジークとは、お城でも会ったことあるし、ニーベルン城は、遊びに何度か行ったこともあるのよ」

 彼女は、そう言うと、あっと小さく息を吐き、俺の肩を叩き、唇を耳へとささやいた。


「あれでも、小さな頃は、可愛いかったのよ、十の頃まで、おねしょ、してたんだからっ」

 彼女の唇が触れ、耳を僅かに濡らす。

 そこへ吐息が掛かり、俺を恥ずかしく赤くさせた。


 肩を上げ、耳を守ろうと必死になった。


 もう、どうにかなりそう……


 レティーシアにとって、それが楽しかったらしく、俺の腰へ手を回し、無防備な脇をくすぐりはじめた。


「いやっ、くすぐったいっ!」

 俺は、両手で彼女を遠ざけようとするが、戦闘中では無いので非力だった。


 彼女は、嬉しそうに俺の両脇を攻めてくる。


「もうっ、やめて!」

 俺は、小鳥のように悲鳴をあげた。


 銀髪と、金髪の美少女二人が、服を乱しながらじゃれ合う。


 銀髪の上着ははだけ、丸くとがった可愛らしい肩を惜しげも無く晒し、


 猫のように戯れる金髪は、豊かな胸を柔らかく揺らした。


 更に、彼女は、時折、前屈みになり、細く美しい首元から誰もが魅了される谷間ですら披露していた。



 刺激的な光景に、通りを歩く男達は、顔を赤らめ、ついには、立ち止まり、食い入るように見つめはじめた。


 誰が、彼女達に声を掛けるのか……


 皆、お互いを牽制し合う。


 そんな中、勇敢な男が、彼女達に声をかけた。


 このままでは、彼女達が道を外れてしまう。


 男は必死だった。


「お嬢さん達、暇なら、僕が……」


「うるさいっ! 死ねっ! へんたいっ!」

 知らないひとが話し掛けてきた。


 そのひとは、歯を出し、えっちな目で俺を見て笑う。


「そんなっ……僕は、ヘンタイなんかじゃないよ、それよりも、君たちの方が……!」

 男の手が、俺の銀髪に触れようした。


「きゃーっ! きもいっ!」

 ヘンタイに拳を突き出す、あっち行け!


 ちょっとだけ本気を出した俺の拳は、男を吹き飛ばし見物人を巻き込んだ。


 唖然とした視線を感じ、


「見世物じゃないわよっ!」

 シュッと拳を突き出し、威圧した。


 さぁ、レティーシア、続きをしましょう!


 あれっ、返事がない……


 水路から、魚が跳ねて、水面を叩く音が聞こえた。


 誰だよ、こんな空気にしたのは……


 欄干を歩く、小鳥の足音が聞こえる。


 レティーシアは、石のように動かない。


「ねぇ、レティーシア?」

 大丈夫かな、おーい!


 呼びかけに応じ、やっとレティーシアが、動きだし、指さした。


「ソフィア、あのひと……だ、大丈夫かな……」

 彼女は、顔をヒクヒクと痙攣させながら、吹き飛ばされ泡を吹いているひとを眺めている。


「レティーシアが、謝る必要はないわ」

 そう、彼女は、とても優しいお姫様だったのだ。


 あんなヘンタイを気にかけるなんて!


 感動した俺は、男に慈悲を与え、【ヒール】を掛けてやった。


 男の身体が輝き、懲りずにまだいる男達を騒つかせる。


「銀髪の魔法使い……」

「すげぇ、身体強化だ……」

「ちっぱいだけど、すげぇ……」

「ちっぱい……」


 誰だ、俺の傷をえぐろうとする奴は!


 涙を、ちょちょぎらせながら、周りを見渡す。


 ちっぱいだって、需要あるんだぜっ!


 そうだ!


 その支持基盤は、盤石といっても過言ではない!


 少数派でロリと連立すれば、きっと政権だって取れるぐらいあるんだからなっ!


 多分……


「もうっ、いい加減にしなさい!」

 シルフィードが、呆れた顔で、俺を諌めた。


 恵まれた彼女には、俺の気持ちは解らないだろう。


 レティーシアも、チビにも、きっと解らない。


 俺の心の友は……


 クララは、目が合うとギョッとさせた。


 逃すものか、俺の心の友よ!


 一気に距離を詰める。


 そして、あわあわと挙動不審な彼女を素早く抱きしめた。


「おい、何の騒ぎだ!」

 妹のピンチに、ジークフリードが気付き、引き返してきた。


「また、お前かっ!」

 最近構ってくれないエドワードに、頭を叩かれた。


 彼は、「まったく」から言葉を紡ぎ、俺の説教を始めた。


 うるさい奴だ!


 てへっ、と舌を出し、ごめんね、と謝罪した。


 いつもの状況に顔を緩め、肩を並べ、先を急ぐ。


 まったく、エドワードは面倒くさい奴だ!


 調子乗らぬよう、彼をギュッと睨んだ。


 嬉しくなんか、無いんだからねっ!

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