第55話 鳩
執務机に腰掛ける伯爵は、執事の報告を興味なさそうに聞いていた。
執事が言うには、大金貨五枚を支払い、例の件を依頼した傭兵達が消息を絶ったという事だ。
交易都市を騒がせた噂も合わせて報告された。
交易都市の西方の空が燃え、一時、帝国が攻めてきたと、町は大騒ぎだったということだ。
この類の噂は、後を絶たない、くだらない……
しかし、もともと傭兵には期待していなかったが、情報すら持ってこないとは、
期待外れにも程がある。
文を書き、執事に渡す。
心得たとばかりに、部屋を出て行く執事を見てから、立ち上がり立派な腰高の飾り台を蹴飛ばした。
飾られていた花瓶が落ち、絨毯を汚す。
「くだらん!」
床の花を踏みにじり、伯爵は呻いた。
部屋を出た執事は、屋敷の窓際で伯爵から預かった文を筒に入れ鳩に託した。
鳩は西を目指し羽ばたいた。
一羽の鳩が、木の枝に止まり羽を休めていた。
しばらくすると、鳩は地上に降り、地面をついばみながらトコトコと歩きはじめた。
鳥は、なぜ、地上を歩く時、首を前後に動かすのか?
ペコペコと謝罪しながら、なぜ歩くのだ。
あの首の動きを止めたら、どうなるのだろうか?
次々と疑問が湧き出てくる。
それは、幼い頃からの疑問だ。
その疑問は、未だにとけない……。
ヤプー先生に聞いておけば良かった……。
俺が高尚な生命の神秘に想いを馳せ始めた頃、
ようやく現れたエドワードは素っ気ない。
「待たせてしまったな」
悪気のない顔だ。
ジークフリードは、チビの頭を撫でながら、
「似合ってるぞ」
とフリフリのドレスを褒めている。
余った手で、クララの頭も撫で、彼女も目を細めて嬉しそうだ。
それよりも、
「夏は、日差しが強いわね」
麦わら帽子を手で抑えながら、皆に向け話し掛けた。
シルフィードは、腹を抱えながら、そっぽを向き表情を見せない。
レティーシアが、肩に手を置いてきた。
彼女の憐れみが伝わってくる。
ちゃんとした挨拶が出来ないエドワードには、俺ですら、憐れみを覚えた。
「ねぇ、日差しが強いわね」
しっかりと帽子を抑え、もう一度チャンスをやろうと、優しい俺は、語り掛ける。
エドワードは、何やら左右を見た後、衝撃の一言を発した。
「今日は曇っているぞ、熱でもあるんじゃないのか」
エドワード、やりおるわ、お主……。
クリティカルをくらった俺は、ワナワナと震えながら帽子をずらし表情を隠した。
くっそ〜っ!
太陽の、ばぁ〜か、死んじゃえ!
シルフィードは、悪いものでも食べたのだろうか、腹を抱えながら座り込んで、痙攣している。
盲腸かもしれない……、
彼女が心配だ……。
何より、一番、心配なのは、エドワードだ!
仲間が新装備をしていたら、そこに、話題を振るのは当然の礼儀だ。
そんなことでは、誰も、パーティ組んでくれなくなるぞ。
俺は口を尖らせ、麦わらの隙間からエドワードを見つめ憐れんだ。
「ソフィアの麦わら、可愛いわね」
もう見ていられないと、レティーシアが手本を見せてくれた。
これが、正しい挨拶だ。
待たせたとか、悪かったとか、どうでも良い事だ。
「そうだな、似合ってるぞ」
ようやく、エドワードが挨拶した。
もう、遅えよ!
「男二人で何してたの?」
お前ら、あれか? あれなのか?
「あぁ、色々とな……」
エドワードは、気まずそうな返事をし、
ジークフリードは、クララにべったりして、妹を堪能しており役に立ちそうにない。
そういえば、こいつら昨日の晩も、二人で何処かに出掛けていた。
この町は賑わっているので、普通なら、夢を膨らませた男達が集う店に向かうはずだが……、
男達が集う店……、
男達が集うだとぉ〜。
やだっ、俺の頭、もしかして腐ってる……、耳が赤くなり、地面を見つめた。
「後で、落ち着いたら、ちゃんと話す、それまでは……」
話ながら、エドワードは、ジークフリードを見つめた。
えっ、え〜っ!
「話たく無かったら、話さなくても良いわよ、あの、その……、別に良いわよ、あなた達の自由だし、うん、うん、自由、自由、好きにしなさいっ」
俺が来てから、邪魔してばかりだったかもしれない、ごめんな……。
トントンと肩を叩く、レティーシアも同意してくれている。
彼女なら、きっと、エドワードとジークフリードの関係について、たっぷりと語り合えるかもしれない……。
でへへ……、
あれっ、シルフィードの息が苦しそうだ。
「シルフィード、大丈夫?」
俺は、丸くなり座り込んでいるシルフィードの背中をさすってやる。
彼女は、肩を激しく動かし苦しそうだ。
きっと、彼女も、エドワード達の関係に気づいたのだろう。
ジークフリードを大切にしていた彼女には、ショックだったに違いない。
「夜になったら、レティーシアと私とで、飲み明かしましょう」
「……!」
シルフィードは直ぐに返事をしない。
仕方がない、遠慮はしなくて良いぞ!
「私たちと、楽しく飲みましょっ!」
女子会しようぜ!
「それは、嫌、絶対に嫌よ!」
彼女は、突然、真顔になり断った。
えっ!なんでっ!
「体の調子、良くなったの?」
「ええ、もう、大丈夫よ」
シルフィードは、すっかり元気そうだ。
良かった!
なら、朝まで、ガンガンいけるねっ!
遠慮するシルフィードを誘おうとしたら、邪魔をされた。
「これから、行きたい所がある、着いてきてくれ」
充電完了のジークフリードが、行き先も告げずに同意を求めてきた。
先程の鳩が飛び立つのが見えた。
「早く行きましょっ、ジーク」
シルフィードは、ジークフリードの腕に絡まり楽しそうだ。
飲み会については、レティーシアを交え、後でゆっくり話し合うとしよう。
「良いわよ」
俺も、どうせ暇なので、快く同意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます