第54話 大河の流れ

 目の前には、怯えている男がいる。


 ジークフリードは、これ以上、聞き出すことは無いと判断し、大剣に力を込めた。


「や、やめてくれ……」

 尻を地に引きづりながら、傭兵だった男は、かつての面影もなく、大剣に首を落とされ、絶命した。

 ジークフリードは、少しだけ顔をしかめ、大剣で空をきり、やいばを清め、鞘に収めた。


 豪雨の後、空はとても穏やかに、地上を包み見守っていた。

 遠く離れた地平線の、さらに向こう側、いただきを雪で化粧した山に囲まれている森に、落ち着いた雰囲気の屋敷が建っていた。

 その庭で、長い黒髪が印象的な、美しい女が遠くを見つめている。


【北の魔女】と呼ばれ、恐れられている女だ。


「まだまだね……」

 その女は、見えるはずの無い光景を見て、笑う。


 一陣の風が、長い黒髪を持ち上げ乱した。


「やな風……」

 彼女の一言で風が止んだ。


 尋常じゃない魔力の行使を感じた彼女は、こうして外で探っていた。


「ニーベルンの坊や……あの、くそ親父の子……」

 辺境伯の息子を見つけ、いつも不遜な態度をとる、その父親を思い出した。


 ニーベルンは、私を巻き込むつもりらしい……。


 あれほど派手なを使ったのだ、腕の良い魔法使いなら、何人か勘付いたに違いない。


 未熟とはいえ銀髪の魔法使いは、確かに世界を震わせた。


 笑えない話だ……


 空を見上げ、ふと大事なことを思い出した。


 弟子達に振る舞う夕食の仕込みの途中だ。


「あらやだ、お肉、焦がしちゃう」

 屋敷へと急ぐ彼女は、もし肉を焦がし、また、弟子に馬鹿にされたら……。

 それを理由に、ニーベルン辺境伯を始末すると、心に誓った。


 北の魔女が、夕食の仕込みに失敗し、途方に暮れている頃、馬車は目的地に到着した。


 王国西部近郊の最大都市は、大陸の南北を結ぶ交易都市として栄えている。

 近隣諸国に対して寛容な王国は、帝国と同盟関係にあり、帝国を諌める事が出来る大陸の良心として信頼されていた。

 さらに町に面して流れる南北を結ぶ大河は、大量の物資を運ぶ船舶が行き交い、人と物資が集まり栄えた。


 広大な大河は、同時に、王国を東西に分割する軍事的にも重要な要所として、辺境伯の管轄ではなく、王都の管理下に置かれている。


 目の前を、立派な帆船が流れに逆らって川上へと移動していく。

 そのいく先に、巨大な橋が微かに見え、

 所々、跳ね上がり、そこを幾隻かの船が通行している。

 川の両岸の豊な緑は、大小様々な水路と共に町を侵食し、風景に潤いを加える。


 俺は、町を見渡せる小高い丘にある広場でエドワード達の到着を待っていた。


 新しいフリフリのドレスを着たチビは、ついでに買った予備の荷物で、両手が塞がれていた。


 フェンリル本来の姿に戻ると、着ている服は破れてしまうらしく……、当たり前だけど……、その後は、初期設定の露出度の高い、皮で出来たビキニのような格好になる。


 俺は構わないのだが、周りの評判がすこぶる悪い……、


 とりあえず、女性陣は、ショッピングということになった。


 丘の手すりから、川に浮かぶ大きな船を眺めていると、

「何を見ているの?」

 レティーシアが話し掛けてきた。


「大きな船よね、風で動いてるの?」

 船の帆の膨らみが不自然なので聞いてみた。


「私も詳しくは知らないけど、あの帆は、風を受けるのではなく、放出してるそうよ」

 レティーシアは口を尖らせ、ピューと風の音真似を披露する。


「動力源は何かしら?」

 ほっほう、風を発生させるとな、興味深い。


「知らないわ」

 レティーシアは、さっぱり分かりませんと、両手のひらを体の横で天に向けた。


 だよねー、


 製作者ならともかく、姫様だからな、

 俺だって、何となくしか知らない物を、沢山利用してきた訳だし……


「エドワードなら知ってるかしら?」

 機械とか、男の子の方が得意だろう。


 彼女は口元をニヤリとさせ、


「新しい帽子、似合ってるわね」

 質問を無視して、買ったばかりの麦わら帽子を褒めてくれた。


「ありがとう」

 礼を述べ、麦わらの位置を微調整した。


 この世界にも、季節があり、今は夏だと昨日、知った。


 夏といえば、麦わら帽子だ。


 つばの広い、リボンの付いた麦わら帽子を店で見つけ、

 試しに被ると、売り子がチヤホヤしてくれたので、嬉しくて買ってしまった。


 決して、衝動買いではない。


 そして、カネを持たない、俺は……、チビの首に掛けられた、大きなガマ口の財布を見つめた。


 飼い犬に、奢ってもらうとは……、


 いや、飼い犬だからこそ、俺のカネなのだ!


 猫に小判、豚に真珠、犬に論語っていうし。


 チビと目が合うと、彼女の尾は、嬉しそうにパタパタと揺れ始めた。


 テテテッという気配を伴い、珍しくクララがこっちに近づいて来た。

 彼女は、何やらチビに声をかけ、荷物を半分、受け取っている。


 身長の近い、この二人は、普段から一緒に遊んでいることが多いが、今日は、普段にも増して、クララの方からべったりだ。


「それにしても、遅いわね……」

 別行動をしているエドワード達に、不満を述べていると、


 シルフィードが

「あら、寂しいの?」

 と揶揄ってきた。


「だいだい、なんで、あんたがココに居るのよ、ジークを放っておいて、良いの?」


「今日は、良いのよ、あなたこそ、付いていかなくて良かったの」


「女の子と買い物した方が、楽しいに決まってるじゃないの!」

 お前、馬鹿なのか、女の子と一緒より、男を選べなんて!


 レティーシアとシルフィードは、本音を叫んだ俺を、ジト目でみた後、


「素直じゃないなぁ〜」

 と両手を振りながら呆れ始めた。


 本能に従い、いつも素直な俺には、それが理解できなかった。

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