第50話 赤い槍

 雷鳴が轟き、空は決壊した。


 雨は大地を激しく攻め立て、穿うがこうと怒鳴り、果たせず散ったそれは、弾かれ霧になっていく。

 激しい豪雨に乱されず、流されず朱色達が、動き出した。


 朱色、それは、朱に染まった皮鎧に身を包み、鋼鉄の槍を持つ【赤い槍】の精鋭達だ。


 彼らは、獲物を仕留める為に、軽やかに突き進む。


 銀髪の魔法使い、それが、彼らの獲物。


 獲物は、先の一戦で消耗し、地に刺した杖に寄りかかり項垂れている。


 雷光が視覚を奪い、雷鳴が全てを奪う。


 それは、どんな強者でも、奪い去られる。


 例え、それが、一瞬でも、狩場では致命傷だ。


 当然、彼らは、それを知っていた。



 故に好機!



 再び、雷光と雷鳴が同時に、やってきた。


 大気も、大地も、全てが震える爆音が鳴り響く!



 正に歓喜!



 銀髪の間近に迫った二人が、赤い槍を突き出していく。


 その槍には、エンチャント【ペネトレイト】が施されており、異常な速度で大気を貫き、銀髪へ向かう。


 さらに、背後に回り込んだ者達が、次々と槍を突いていく。


 傭兵達は、仲間の死に感情を動かす事はない。


 戦場で仲間が死ぬ、当たり前の事ではないか、


 ただ、無駄死にはさせない!


 彼らは、燃やされ灰になった仲間を見て、

 銀髪は、腕の良い魔法使いだと判断し、


 仲間が、槍を折られ吹き飛ばされた事から、

 身体強化も中々だと悟った。


 魔力は凄いが、炎は初級、

 身体強化も異常だが、身体の使い方は素人だ。



 接近戦なら必ず勝てる!



 筈だった……。



 槍を突き出した精鋭達の腕は、硬く重い何かに当たったような衝撃に襲われ、吹き飛ばされていく。


 なんて硬い障壁なんだ!


 帝国の黒騎士ですら貫く槍が通用しないとは……


 精鋭達は、即座に体勢を立て直し、銀髪を囲い様子を見守った。


 その内の幾人かは、その肩越しに金髪の少女を、その目で捉えた。


 仲間の傭兵が、襲い掛かろうと忍び寄っていくのが見える。


 精鋭達が、銀髪の魔法使いを牽制している間に、金髪の少女を人質にとれば……。


 いや、女達の誰でも良い、誰かを人質にとれば、勝敗が決する筈だ。


 目で仲間達に合図を送り、銀髪の魔法使いをジワリジワリと牽制する。


 そんな最中、クララは、とても不機嫌だった。


 決壊した黒い雲から降り出した激しい雨に打たれたからではない。


 そんな事は、濡れる事を我慢すれば良いし、

 むしろ水遊びは好きな方だった。


 なら、雲の中で暴れ狂う雷光や、それを激しくはやし立てる雷鳴だろうか?


 いや、そんなものは、目を閉じ、耳を塞げば何ともない。

 賑やかなのは嫌いではないし、雷なんて怖くないのだから……。


 なら、周りを囲んでいる物騒な傭兵なのか?


 そんなものは……、どうでも良い……。

 さっきから、ソフィアに突っかかっては燃やされ、吹き飛ばされて、彼らは散々ではないか。


「きゃー、雨が降ってきたわ」

 ペチペチとクララの頭を叩きながら、レティーシアがはしゃいでいる。


 ぐぬぬ、


 クララは喉を鳴らす事しかできない。


 レティーシアは、クララの肩に両手を回し、しっかりと寄りかかっている。

 おかげで、ドレスはズレ、左肩は露わになり、息が苦しい。


 クララは、直立不動で耐え凌ぐ、


 ピカ!

 雷鳴が轟く!


「きゃー、かみなりよっ!」

 ペチペチ、ペチペチとレティーシアは、クララの頭を叩き、大喜びだ。


 本当は、濡れるのも、雷も大嫌いだし、傭兵だって怖い。


 ぐぬぬ、


 クララの喉が鳴る、傭兵の一人が彼女に、いや、彼女達に近づいてきたからだ。


「きゃーっ! 来たわよ、き、た、わ、よ!」

 レティーシアは、相変わらず、ペチペチとクララの頭を叩き、ご機嫌な様子だ。


 全く、酔っ払いは、これだから嫌いだ!


 眼前に迫った傭兵から太い腕が彼女の眼前に伸びてくる。


 クララは、ぐぬぬと目をつむり、レティーシアは、きゃー! と大喜びだ。


「嬢ちゃん達……」

 男の野太い声は、途中で途切れた……。


 恐る恐る、クララが目を開けると、白髪の少女の後ろ姿だ。


 どうやら、ソフィアの従者で、フェンリルの化身、チビが、傭兵を吹き飛ばしてくれたらしい。


 クララは、棒立ちのまま安堵の溜息を吐いた。


「ここは、僕に任せてっ」

 チビは振り向き、ニコリと笑う。


 背の低い少女の姿をした彼女の仕草は愛らしくて可愛いかった。


「女、子供にビビってんじゃねぇ!」

 一人の傭兵が叫び、それに続き、次々と向かってくる。


 チビは飛び出すと、その腕の一振りで、傭兵達の身体は、真っ二つに裂けていく。


 その光景は、正直、気持ち悪い……。


 うぷぷ……、


 クララの不機嫌は、はしゃぐレティーシアに頭をペチペチと叩かれながら続くのだった。


 うぷぷ……、


 クララは、とても不機嫌だったが、銀髪を囲む、精鋭達は、それ以上に最悪だった。


 その見た目から、愛玩用だと判断していた獣人が、むしろ目の前の魔法使いより、脅威だったからだ。


 銀髪とは直ぐに決着をつけ、仲間の応援にいくべきだと思い、精鋭達は、再度、戦う決意をした。



「えっ! 何なのこれ!」

 突然、素っ頓狂な声を出したのは、


 銀髪の魔法使い、ソフィアだ。


 冷たい雨に打たれて、ようやく酔いが覚めてきたようだ。

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