第49話 銀髪の魔法使い
「兄ちゃん、早く剣を捨てな」
傭兵団の頭は、エドワードに苛立ちを抑え催促した。
その内に、中々動き出さない事に異常を感じたシルフィードが馬車から外に降りてきた。
薄い生地のドレスは、豊満な身体を惜しげも無くさらす上、隙間から覗かせる白い肌は、男達の欲情をどうしても誘ってしまう。
その姿に傭兵達は生唾をゴクリと飲む。
さらに、見目麗しい少女が次々と姿に現すので、ついに、騒ぎ出し、卑猥な歓声が次々と上がった。
それが、より一層エドワードを奮い立たせた。
「こういう時こそ……、そうだろジーク」
エドワードは、馬車での会話を思い出し、剣を握りなおすと皆を守ろうと周囲を威圧する。
しかし、勝利を確信し、欲情している傭兵達には、もはや、それは届かない。
股間を熱くし我慢しきれなくなった者達が、一人、二人と馬車の方へと迫っていく。
ジークフリードは、その騒ぎの最中、
「これは【束縛の陣】かな?」
と一歩も動かない足に力を入れピクッと筋肉を動かして見せた。
【束縛の陣】、腕の立つ犯罪者を拘束する為に考案された、複数人で行使する、魔法の術式の一つだ。
その効果は、とても絶大で、僅かな魔力で絶対的な拘束力を発揮する、とても優秀な魔法術式だ。
「ほう、博識じゃないか。益々、気にいらねぇなぁ」
頭の表情は厳しくなり、鋭い眼光でジークフリードを睨む。【束縛の陣】、効果は優秀だが、誰も使うものがいない、忘れらた術式でもある。
「君の努力には感心するよ。こんな寸分の狂いも許さない発動自体が困難な忘れられた術式を、こうして実現させて見せたのだから……、いや、それだけ、私が迂闊だったのか」
「謙遜はよせ、俺の頭脳と運がてめえより優っていた、それを認めろ」
頭は、ジークフリードの足元を見た。そこには、魔法陣が埋められている。頭は、そこへ彼を誘導し、正確に配置した術者が術を発動させた。
「努力は認めるが、足止めしただけで、それはないな」
ジークフリードは、輝くような笑みで肩をすぼませ、頭は顔を真っ赤にする。
「きゃはははは……」
突然、馬車の側で女の一人が、狂ったように笑いだした。
町娘のような服装で、その金髪の少女は、その場でクルクルと回り、背の低い同じ髪色の幼女に覆い被さる。
「冷静を失ったか……、連れの女の方が、状況を分かってるぜ」
頭はボソリと呟き、
「テメェら、金髪には、手を出すなよ!」
と叫んで傭兵達に念のため指示を出す。依頼主からは、金髪の少女を無傷で連れて来いと言われていたからだ。
「頭、それは無いぜぇ」
「もう、我慢できねぇ」
性欲でいっぱいの傭兵達から不平がでる。
「他は、好きにしな」
半ば、呆れたように、頭が口にする。
「彼女達には、手をだすな!」
ジークフリードの空気が変わる。
傭兵はその様子にニヤリと舌舐めずりをした。
「心配するな、お前より、上手く、俺たちが面倒を見てやる」
そして、剣の腹を、ジークフリードの首にジワリと押し当てた。
「おい、あれ、見ろよ」
一人の傭兵の声に皆が注目をする。
馬車の出口に銀髪の少女が立っていた。
細い手足、白い肌、端正で美しい顔立ち、彼女の清純さと高貴さは、男の征服欲と性欲を満たすのには、格好の餌食だ。
彼女は、先に降りた女性が手を貸すのを断り、大胆にも、飛び降りた。膝丈のスカートがふわりと広がり、白く細い脚の付け根が、見え隠れする。
夜の姿を想像した者達が、野次を飛ばしはじめた。
銀髪の少女は、それに驚いたのか、脚は産まれたての子鹿のように小刻みに震え、溢れる感情を抑えた為か、ヒックとしゃっくりをし、眼に涙を溜めている。
「まさか、酒を……、彼女達には手をだすな、特に銀髪の娘は駄目だ」
ジークフリードは懇願した。
「おい聞いたか、銀髪は、こいつの女らしい、俺が、一番に貰うぞ!」
当然、勘違いした頭が、声高に宣言し、
「お前の目の前で、じっくりと時間をかけて銀髪を犯してやる。その時は、楽しみな」
頭は、ジークフリードの股間を掴み持ち上げた。
「ぐっ」
彼は、堪らず苦悶の声を出し、頭はそれを喜んだ。
「早く銀髪を連れてこい、それから……」
指図するまでもなく、幾人かが、銀髪に襲い掛かる。
「ぐお」
「ぐへ」
数名が弾き飛ばされ、
「大人しくしやが……」
最後の一名は、身体が炎に包まれ絶命した。
彼女が詠唱した素振りは無い。
「ヒック、何よこれ! あんた達、みんな、燃やすわよ!」
ふらふらとした足取りで仁王立だが、突つけば直ぐに倒れそう。
「あの銀髪まさか……、ドラゴンを葬ったという噂の魔法使い……、いや、そんなはずは無い」
「おい、銀髪は、放っておけ!」
「そうは、いかねぇ、あれは俺のものにする」
頭は、部下に顎で指示を出し、
「油断するなよ」
と言葉を添え、銀髪の少女に、槍を構えた傭兵を向かわせる。
「無傷で連れて来ますぜ、頭」
と槍の傭兵は意気揚々と銀髪の方に駆け出した。
槍で襲い掛かった傭兵に、銀髪の少女は、何処から取り出したのか、装飾の施された杖で応戦する。
傭兵達は、誰もが、折れた杖と、地に伏す少女の姿を思い浮かべた。
そうなるべきだったのだ。
現実は、槍を簡単にへし折られ、銀髪を襲った傭兵は、防ぐ間も無く、不自然な姿勢のまま、勢い良く、吹き飛ばされた。
「噂は、本当なのか……」
頭が思わず言葉を漏らす。
「ちっ、ソフィは、皆殺しする気だ……」
ジークフリードは、【束縛の陣】が解ける瞬間をうかがう。
「たかが、女一人に怯むな! あんな強化は長くは持たない、容赦無く、そいつは殺せ!」
頭は、激を飛ばし、
「心配するな、魔法使い対策も、俺達は抜かりない」
首元から、鎖の付いた石を取り出し、ジークフリードに見せた。それは、初級魔術なら無効化できる、結界石。
「流石に、全員は、持ってねえが、十人いれば、充分だろ?」
傭兵の自信満々の姿に、ジークフリードは、大きく落胆した。
「魔法使いを殺せ! そして、無残な死体を、こいつに晒せ!!」
傭兵の頭は、その姿に勢い取り戻していた。
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