第51話 宇宙《そら》

 大気に漂う水分は、風に運ばれ、遥か天空の、その向こう側、星々の輝く宇宙そらを目指した。

 彼らの宇宙そらへの憧れは、柔らかい雲となり、太陽の祝福を受けながら大気をけ上がる。


 やがて、膨れ上がった想いは、


 志半ば、憧れの遥か手前で阻まれた。


 太陽の輝きは、憧れの宇宙そらの向こう側であざ笑う。


 その怒り、その無念が、団結させた。


 彼らの行き場を失った感情は、空を黒く染める重い雲となり、うめき、やかで稲光いなびかり、雷鳴と共に大地を襲う。


 その中の一粒の想いは、地上を目掛け落下する際、馬車を中心に入り混じり、争う人々を見た。


 一粒の豪雨は、銀髪にぶつかり跳ねて、一滴の水となり、その髪に染みていく。


 仲間の豪雨も、次々と銀髪に挑み、かなわず、染みとなる。


 染みの流れは、銀色の髪の終わりの先で大きな水滴となり、旅立っていく。


 赤い刺繍が入った法衣の首元から侵入した水滴が背筋を冷やりと凍らせた。


 気がつくと目の前には可愛らしい膝小僧が出迎えてくれていた。

 ぴったりと寄り添う膝は、恥ずかしそうにレースを被っている。


 見慣れたそれは、白いテイルスカートのレースで装飾された裾から伸びる俺様の足だった。


 激しい豪雨は、我が身を叩き、何かを催促している。


 地面に刺した杖に、身体を預けながら顔を上げ辺りの様子を伺うと、こちらを槍で牽制してくる、見知らぬ男達がいた。


「え! 何なのこれ!」

 この状況、誰か説明して下さい!


 背筋を伸ばし姿勢を正すが、頭がいたい……。


 手のひらを額に当て正面の男を見つめる。


 その男が、視線を逸らした瞬間、背後に殺意ある気配を感じた。


 額から殺意へと手を動かし炎をかざす。


 正面の男は、口元に笑みを浮かべたように見えた。


 殺意が消え、灰になったと確信した。


「あんた達、燃やすわよ」

 右手に炎をかざしながら、しっかり、そしてゆっくりと男達に言い放つ。


「そんな、馬鹿な……」

 槍をこちらに構えている男は、首元から垂れ下がる、見覚えのある石に、視線を落としていた。


「あら、それ、魔法を防ぐとかいうゴミの石ね」

 盗賊が自慢してたゴミの石じゃねぇか!


「結界石をゴミだと……」

 槍の刃先が、ぐらりと揺れた。


 豪雨は、勢いを失い、小雨になり、雷鳴は、遠く彼方から響いてくる。

 視線を遠くに伸ばせば、見知らぬ男と対峙するジークフリードの背中が見えた。


「なんだ? あれは……」

 男の声が聞こえてくる。流石は、エルフ耳、高性能だ。

「だから言っただろ、銀髪には手を出すなと」

 ジークフリードの声、彼の喉元がキラリと光る。

 刃物で脅されていた様子。

「ソフィはそこにいろ! 傭兵団の頭は私が仕留める!」

 助けに行こうとした俺は、恐れ多くも、ジークフリードは止めた。

 生意気な奴、もう知らなーい!

 それにしても、背中に目でもあるのか?


 俺の心配を他所に、あいつは喉元の刃を指先でしっかりと掴んだ様子。

「君は、これで動けない。それに、苦労な割に脆弱な術だ、術者の僅かな動きで解けるのだから」


 術者?

 ジークフリードの奴、嵌められてたのか? 迂闊な奴……。


「くそっ!」

 頭はジークフリードに掴まれた剣を動かそうと引っ張るがビクともしない。


「二度も、言わせないでくれ、君のマナは制圧した。君は、もう動けない」

 ジークフリードの奴、きっと傭兵団の頭とかいう奴に、微笑みかけたに違いない。

 相変わらずキザな奴。


 街道には、水が溢れ、雨が落ちる度に、大小様々な同心円の波紋が幾つも生まれている。


 ジークフリードは、頭の剣を摘んでいる腕を、そのまま降ろし、力に歯向かえないかしらは、両膝を地面に着け、そこが泥に深く沈む。


 その様子に隙を見つけたであろう別の傭兵が、ジークフリードの死角から剣を振り襲い掛かる。


「危ないっ!」

 俺が叫ぶ!


 彼は、空いた手で、背負った大剣を少し抜き、

 首を襲ってきた剣を受け、弾く。

 一撃をしのいだあと、そのまま、身体をひねり、傭兵団のかしらが握る剣は掴んだままで大剣を抜いた。


 もう一度、挑んできた、先程の傭兵を、それが振るう剣ごと、叩き斬る。


 傭兵団の頭は、目を大きく開き、首を左右に振り出した。


「心配しなくても、君は、まだ、殺さない」

 かしらの剣が折れる音が聞こえた。


 俺達は、今、傭兵団とやらに襲われているらしい。

 俺の背後でも、チビが、大勢を相手にしているようだし、エドワードも孤軍奮闘といった様子。


 気配で解る、相手の数は、ざっと五百……。


 多勢に無勢の入り乱れた乱戦に苛立ちが募る。


 今も、エドワードが、間一髪だ。


 傭兵団とやらの事情なんて知らないし、知りたくもない。けど、大勢で群れをなし、少数を脅し、奪おうとする奴は許せないし、許さない!


「化け物め……」

 今しがた俺がぶっ飛ばした男が表情を歪め、殺意を込めた声色で呟いた。


「化け物? なら、見せてあげるわ」

 魔力を練りながら空中に浮かび上がる。


 幾本かの矢が放たれたが、全て燃やした。


「地上に降りて来い、化け物め!」

 赤い槍が勢い良く空中に放たれた。


 槍を掴み、


「あなた達には、言われたくないわっ!」

 掴んだ槍を投げ返した。


 その槍は、大地を穿うがき、深く埋まった。

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