第47話 大切なもの

 御者台のエドワードは、その慣れた手綱捌きで、四頭の白馬を巧みに操っている。


 時折、すれ違う行商人が頭を下げ、時には道を譲ってくれる度に、何とも言えぬ表情を作りやり過ごしてきた。


「この馬車を見た時は、悪ふざけが過ぎると思いましたが……」

 エドワードの言葉に、風景を楽しんでいたジークフリードは、少し、驚いた表情をしていた。


「馬車が地味すぎたか、それなら、もう少しまともにすれば、良かったかな?」

 ジークフリードの返答に、エドワードは、苦笑いだ。


 そもそも、彼に、隠密行動は向いていないのだろう。


 女性なら、誰でも振り向くであろう、黄金色の髪を持つ端麗な容姿に加え、


 脇に抱えている大剣は、その実力を容赦無く知らしめてしまう。


「勘違いされたのであれば、申し訳ありません、馬車は、快適で、申し分ありません」


「そうか、なら良かった、不満があれば、何でも言ってくれ」

 ジークフリードは、風に髪をなびかせ、それを楽しみはじめた。


「とは申しても、私達は、御者台にずっといるのですから、関係無いかもしれませんね」


「ああ、そうだな」

 主人であるジークフリードの呑気な姿を見て、エドワードは、頬を緩めた。




 日差しは柔らかく心地良い、

 ただ、空に黒い雲が増えてきた事が、エドワードには、気に入らない。


 雨だけは御免だ……。


 外套がいとうで身体を包み、風雨に耐え、手綱を握るのは趣味ではない。


 その時は、主人だけでも、馬車に入ってもらおう。


 寛大で、責任感が強い主人が、果たして、自分だけ難を逃れるとは……。


 手綱を振り、急ぐ意思を馬に伝える。


 四頭の白馬も、彼の意思をくみ取り、また、己の美しい毛が濡れるのを嫌ってか、


 逆らうことなく速度を上げていく。


「しかし、配達の依頼を受けたのは、不味かったのでは?」

 目立つのは、仕様がないが、わざわざ行き先を伝えるのは、やはり……、


 エドワードは、腰掛けの下から、器用に片手で外套を取り出し、傍らに二枚、置いた。


「そうだな……、アレン・デュークを知っているか?」


「確かレナード様の父上としか……、他界されてますので、人となりまでは……」


「俺は、幼い頃、よく可愛がってもらった、おかげで、レナードとも、それなりに仲は良い」


「依頼と、アレン様が関係あるのですか?」


「アレンおじさんは、親父が最も信頼していた人物で、とても有能で大切な存在だった」

 その口振りから、主人にとっても、掛け替えのない人物だと理解した。


「アレン様は、病死したと聞いております」


 エドワードは、空を見上げ、雲の支配が、まだ、行き渡っていない事に安堵していた。


「戦いで死ぬような柔な人では無いからな、死ぬなら病死だろう、ただ、早すぎたのだ」


「早過ぎた?」


の病は、数日で、おじさんの命を奪った」

 主人は、手のひらを見つめ、力を込め、拳を握る。


「その報いは、必ず与える」

 そう言い放つ、主人の表情は、いつになく殺伐としており、


 その上、狂気が僅かに見え隠れしているように見えた。


「原因不明なのでは?」

 主人の狂気を諭す為、エドワードは、言葉を振り絞った。


「その通りだ、ただ、俺も、親父も、今回の王都陥落は好機だと思っている。


 シアには、悪いが、利用させてもらう。


 原因不明・・・・は、餌に喰いついてくれるさ」


 透き通るような笑みを浮かべジークフリードは、間違っているような違和感のある考えを当然のように語った。


 エドワードには、彼の手段は理解できるが、それは、到底、許せるものではなかった。


「それでは、貴方にとって、レティーシア姫様も、ソフィアも、仲間も、利用する道具という事ですか!」


 エドワードの知るジークフリードは、そんな奴では無かった筈だ!


 仲間を、囮にして、復讐をするなんて!


 許せる筈がない!


 エドワードの怒りに、白馬は恐怖し、それから逃れようと、馬車の速度は、更に上がっていく。


「貴方にとって、一番大切なのは復讐ですか?

 その為には、仲間が、危険に晒されても良いのですか!」


「復讐? 君は何か勘違いをしていようだが……。

 確かに、報いを受けさせるとは言ったが、王国の未来に必要な人材の命を、

 己のつまらぬ野心の為に、奪ったという意味だぞ、

 レナードも、アレンおじさんも、復讐など望まないだろう」

 確かに、ジークフリードの回答は、王国の未来を担う者としては、正しいかもしれない……。


 それでも、主人には、もっと人間らしさを期待していた。


 エドワードにとって、ジークフリードの考えは、正しいが、間違っているように思えてならない。


 まだ、復讐の方がマシに思える……。


 そう考えてしまう、自分がとても小さく、汚い存在に思え、


 エドワードの苛立ちは大きくなった。


「それでは、貴方にとって、王国の未来が一番大切という事ですね」

 エドワードは、自分でも、意地悪だと思える言葉をジークフリードにぶつけた。


 そもそも、「正しい」、とは一つなのだろうか?


「君は、大切なものに、順番をつけているのか?」

 ジークフリードは、心底驚いているようだ。


「どういう意味ですか!」

 腹ただしい主人の態度に、エドワードは、大声で対抗する。


「気を悪くしたなら、謝るが、私にとっての大切は、どれも掛け替えのないものだ、数字で表すことは出来ない。

 君も、シアも、仲間達も……」


 そう言うと、ジークフリードは表情を曇らせ真っ直ぐ前を見つめた。


「それでは、選択を迫られた時、貴方は、どう対処するのですか?」

 人は時に、残酷な選択を運命に迫られる、誰だって大切なものは失いたくない。


 そんな我儘を許してくれる程、


 世界は優しくない!


 やはり、エドワードには、ジークフリードの考えは間違っていると思えた。


 それでも、


「その時は、最善を選択してみせるさ」

 ジークフリードは、そんな事は、当たり前だと言わんばかりの態度だ。


 この男なら、我儘を貫き通すかもしれない、


 エドワードは、己の考えを改める気は無いが、主人が、その信念を貫けるかを見たくなった。


 そもそも、「正しさ」とは、時や状況によって変化し、一つに定義するのは、人の手に余るもののようだ。


 だからと言って、


「正しさ」を求める姿勢は、失いたくないと、


 エドワードは、強く願った。


「この事は、機会を見て話すさ、特に、ソフィは、君以上に、口うるさいからな」

 確かにと、エドワードは頷きながら、

 あの、お転婆娘の反応を想像し、


 エドワードは、笑みを浮かべた。


「どうやら、気の毒な獲物が、餌にかかったらしい」


 前方に進路を塞ぐ人影が見える。


 手綱を緩め、馬車を停止させる準備をはじめた。


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